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劇団さくら
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『水怒り』

脚本:伊志井 愉多加

作品紹介(知的障害者劇団さくら・オリジナルミュージカル)
《参考》
見沼が未だ、氷川神社の御手洗瀬であった頃の天正十八年、当時北条方であった太田氏の居城、岩槻城が秀吉の「小田原討伐」によって落城したが、同時に見沼の畔にあった寿能城も落城した。

江戸開府当初からの治水工事は、古利根・元荒川に見られる流路変更や江戸川の開削など、後の関東郡代伊奈氏によって行われた河川管理が主であった。(関東流治水工事)

太古の昔から埼玉以南の地は自然にできた湖沼が多かったが、その中の最大の沼、見沼に寛永六年、伊奈忠治が潅漑用の溜井とするため、尾間木・大牧村と木曾呂の間に八丁の堤(八丁堤)を造った。

見沼が溜井となって恩恵を浴したのは八丁堤より下流の村々で、沼周辺や上流の村々は洪水(水怒り)の度に水害に苦しんだ。

見沼周辺は享保二年に紀州家鷹場となり樹木の伐採などが禁止され、享保九年には新たに川魚の殺生禁止など十ヵ条の禁止項目が加えられたが、沼周辺の鳥類や川魚の殺生禁止は、これを生業とせざるを得ない小農の農民にとっては生活の糧を失うことになった。

将軍吉宗の「享保の改革」の基本は「綱紀粛正」と「財政立て直し」であったが、吉宗の右腕として活躍した勝手掛老中の水野忠之・松平乗邑の方針は「苛斂誅求」を極めた年貢増収であった。

吉宗は将軍就任以来、財政立て直しのため新田開発を奨励し年貢増収を計ったが、伊奈氏の関東流による新田開発が行き詰っていることから「用排水分離方式」の紀州流を採用し、享保七年に紀州の土木技師、伊沢弥惣兵衛為永を「在方御普請御用」に任じ召しだした。

享保十年、見沼溜井の干拓を命じられた勘定吟味役の伊沢弥惣兵衛為永は、享保十一年十月三十一日に見沼の検分に訪れ、測量終了後の享保十二年九月から見沼代用水の開削を開始した。

見沼代用水の元圦(取水口)は忍領下中条村の利根川に造られ、菖蒲、柴山、蓮田を経て、見沼まで十五里、荒川まで二十里の長さに達した。
見沼の下流八ヶ領は干拓に反対したが、見沼の周辺三十二ヶ村のうち十七ヶ村が工事の村請を願い出て、享保十三年二月に完成した。

見沼干拓後、新たに洪水による荒川本流の芝川への逆流が起こるようになり、沿岸の村々が被害を受けるようになったので、後に為永の息子楠之丞正房によって芝川水門が川口に造られた。

時:亨保11年(1726年)秋。

場所:武州南部に広がる「見沼」の八丁堀がある尾間木村。

この村は関東郡代伊奈家の支配下にあったが、徳川吉宗が将軍になって鷹場が復活され、この村周辺も亨保2年に紀州家のお留場(狩り場)となり、権力の二重構造の中にあった。お留場となった村民達には「お鷹場法度」が発せられ、

数々の禁止事項が盛り込まれる他、鳥追いなどの賦役も課せられた。
また名主
徳兵衛も「鳥見役」任ぜられ、村民を守る側と監視する側との間で苦しんでいた。この尾間木村以北にある「見沼」は寛永6年に幕府の命により伊奈家の当主忠治が灌漑用の溜井とする治水工事を行ったが、沼の下に在る尾間木村周辺は毎年襲う「水怒り(洪水)」に苦しめられていた。

どんなに苦しい状況に追い込まれても、何時も明るく屈託のない農民達が今日も名主をからかっていると、次郎兵衛三郎兵衛の村役人に縛られた木崎村の農夫「武」(実は見沼の龍神)が登場する。名主の娘「雪」と両親を水怒りで亡くし孤児になって名主に養われている「つくし」は以前から見沼で親しくしていたが、何も知らない村役人に「鳥打ち」の嫌疑を懸けられ詰問されていると、密告した源二と伊奈家の代官が駆けつける。

山方の源二から通報を受けた代官は関東郡代の役職として武を捕縛しようとするが、名主は鳥見役の役職として武の引き渡しを求める。なおも権力によって武を引き立てようとする所を、見沼検分のために通りがかった幕府勘定吟味役伊沢弥惣兵衛・正房親子に助けられる。

代官が去った後、農民との語らいの中で弥惣兵衛が「見沼を干して美田としたら水怒りもなく、暮らし向きも楽になるのではないか」と語ると、武が突然「水怒りが治まることはない!人間の勝手で俺の見沼を潰されてたまるか!」と怒りだす。名主が武をたしなめて見沼検分の案内のために弥惣兵衛親子と立ち去ると農民達も三々五々去って行く。

後に残った雪とつくしに武が「見沼は人間だけではなく、草木や動物や魚、誰にとっても大切な沼なんだ」と語ると、三人は「幼い日の思い出とある見沼は心の故郷」と夕焼けの空に詠い上げる。

弥惣兵衛の話から農民達の間で噂が広がる。氷川女体神社の遠い親戚にあたる竹吉が弥惣兵衛の話は本当で「見沼は氷川女体神社の御手洗池だから、拓いた新田の半分は氷川女体神社のものになる」と話す。では残りの半分は誰のもの?

一方人影のない木陰で代官と面談した名主と雪は「伊奈家が溜井とした見沼をなぜ干拓しなければならないのか?なぜ郡代様がお止め申せぬのか?」と詰問するが、それに答えて代官は「上様のご方針は綱紀粛正、財政立て直しには新田開発で年貢米の増産しかない。伊沢弥惣兵衛は紀州流の河普請の名手、江戸開闢以来関東流河普請の伊奈家は上様に疎んじられている。上様のご決断ならば是非もなし、伊沢弥惣兵衛殿の差配に従い見事関東郡代の名に恥じぬ働きをしようぞ!」と、伊奈家の改易を覚悟した決意を語る。

その日の夕方、農民達の間では噂がますます広がり「見沼を干したら祟りがあるぞ」と、大騒ぎしている所に名主と弥惣兵衛親子が登場するが、農民達の「見沼を干すのは本当か?」の問いに弥惣兵衛が「本当だ」と答えると、武が跳び出して「見沼はこの村だけのものではない!見沼は誰のものでもない!」と叫ぶ。名主徳兵衛が「これはご政道の話だ!お前のような小作人が考えることではない!」と言うと農民達が一斉に口出しを始めてしまう。堪り兼ねた雪が「父様!少しは武の話を聞いて下され!」と懇願すると「うるさい!」と叩かれてしまう。・・・生まれて初めて父に叩かれた雪が青ざめて立ち尽くす・・・。

弥惣兵衛や徳兵衛、農民達が去った後、雪は見沼に向って母の形見の笛を静かに奏でだすと武もその場を立ち去る。哀愁を帯びた雪の笛の音が見沼に響き渡ると、蛍が飛び、遥か昔の秀吉の「小田原討伐」の際に落城した北条方の太田氏の出城、寿能城の能姫、侍女のお蓮、童の笙子の亡霊が現れる。姫は雪に向って「そなたは我が家に連なりし者、そなたの身が案じられてならぬ」と語る。

不審に思った雪が「なぜ雪のことをご存知なのですか?雪は母様の名も知らないのです。ご存知なら雪に隠さず教えて下され!」と懇願すると、突然龍神となった武が現れる。姫たちは悲しそうに「神であるオタケさまと我らが席をお同じゅうすることはできませぬ」と語り、「雪・・また逢うこともあろう・・」と消える。

再び農民となった武に雪が「武は一体誰なの?神様なの?神様なら教えて!雪の本当の父様は徳兵衛ではないの?母様は誰なの?」と縋ると、武は「仕方ない。それほど本当のことを知りたいなら教えよう」と語り出す。

雪の祖先は寿能城の家老だったこと。本当の父親は岩槻藩の武士だったこと。その父親は大きな水怒りの際、被災した貧しい農民を救うために独断で城の備蓄米を放出したが、その責を負わされて切腹したこと。所払いとなった雪の母は幼い雪を抱いて見沼に入水したが、船で通り懸かった徳兵衛が救い上げたこと。しかし、母親はそのまま息を引き取り、幼い雪だけが生き残ったため、農民の恩人である雪の父を想い、徳兵衛が我が子として育て、二度と武士の仲間にしないことを誓ったことなどを語った。そして「雪の父は紛れもなく徳兵衛だ。雪・・人の道を外してはならぬ」と武が語ると、雪は顔を被い、その場を走り去る。舞台に一人立つ武に天空から「タケル!なぜお前は人間に拘わるのだ!さっさと見沼の龍に戻れ!」と武の父、龍王の叱責の声が響く。「嫌です!俺は人間が好きなんだ。父上!人間と見沼、私はどちらを守るべきなのですか?」と武が答えると、龍王の「馬鹿者!迷いを捨て、見沼の龍神に戻れ!」の声と雷鳴が轟き渡る。(第一幕了)

 

舞台は翌年の初夏。気のいい陽気な尾間木村の農民達は、相変わらず見沼を背景にして気楽な生活を送っている。今日もしょんぼり歩いて来た松吉が、心配する村人達を尻目に黙って通り過ぎると、その先の見沼で人が落ちる大きな音がする。「松吉が落ちた!」と大騒ぎして見沼を覗き込む村人達。すると村人達の背後から妙に陽気な松吉が現れる。人騒がせな松吉に怒った雪が訳を聞くと、名主様に「働かねえ奴は見沼の龍に食われてしまえ!」と怒られたと言う。飽きれた雪が去ると、農民達はなおも陽気になって、とうとう騒乱を禁じられているにも拘わらず、村役人の次郎兵衛・三郎兵衛まで加わり、祭りの歌を歌い踊り出してしまう。踊りが最高潮に達すると間の悪いことに弥惣兵衛親子、代官、名主が揃って現れる。代官に嗜められる村役人達と名主に怒鳴られ慌てまくる農民達。だが、弥惣兵衛達が揃って現れたのは村人達に見沼干拓工事を説明し、村請けを願い出るようにと話すためだった。

見沼干拓は紀州流の「用排水分離方式」で行い、用水は利根川から取り、元圦は忍藩に置き、そのために新たに開削する用水堀は約二十里に達するが、出来た新田はその働きによって村々に分け与えるので、工事人夫の村請けを願い出るようにと弥惣兵衛が説明すると、農民達は雪国から流れてくるような冷たい水では稲は育たないこと、将軍が吉宗になっていよいよ年貢が五公五民と高くなること、年貢の方式が出来高制の「検見」から作付け面積定額制の「定免」に変わるなど、農民をこれ以上苦しめる村請けは厭だと騒ぎ出す。名主が「お前達が何と言おうと子々孫々のことを考えればこんな有難い話はない。村請けを願い出る」と宣告すると、武が現れ「名主様、それはねえだろう。連中の言いたいことは、そっとしておいてくれということだよ」と言うと、ますます混乱して大騒ぎになる。業を煮やした弥惣兵衛が「これは既に決まったことだ!今更普請を止める訳には参らぬ!」と決めつける。すると武が「ならやってみるが良いさ!だけど水怒りは起こるぜ。みんなは水怒りに苦しめられるけど、見沼があるからこそみんなは海に流されずに済んでいるんだ!人間の作った用水路なんかで水怒りが治まると思ったら大間違いだ!」と声を荒げる。   暫しの沈黙の後、弥惣兵衛親子と代官が去り、名主と雪が見送るために去った後、「あ?あ、俺達はやっぱり将軍様のために働くしかねえのかな?」と農民達が愚痴っていると松吉が「闇討ち」を思い付く。驚いた農民が「松吉やめよ。やっぱり人殺しはまずいよ」と言うと、「やらねえよ!見沼の龍のせいにしてあの二人を追い出せばいいんだよ」と、松吉の発案で農民達の「闇討ち」が決まってしまう。

雪と武とつくしが夕焼けの見沼を見つめている。「この見沼、無くなっちゃうんだよね・・」とつくし、「見沼を田圃にして、人間が食べる以上に米を作って、

本当に人間が幸せになるのかい」と武、「わたしは村のみんなが好き、村のみんなが幸せになれるなら、大切な見沼が無くなっても仕方ないのよ」と雪、三人がそれぞれの想いで見沼の夕焼けを見つめる。

その日の深夜に「闇討ち」が決行される。遅刻した松吉を闇討ちしてしまう混乱はあったが、何とか逆さの龍の形に並んで帰路の弥惣兵衛親子に向って進むことが出来たと思った瞬間、それを見ていた龍神の武が起こした大爆発で全員が逃げ込んでしまう。轟音に驚いて駆け込んできた雪とつくしに、武は「これで良かったのかい?」と言い残して立ち去る。一方、つくしに捕まり雪に反省させられた松吉達だったが、元々根は善良な尾間木村の農民達は、改めて「村請け」を願い出て、用水堀の普請に加わることになった。

秋九月に見沼代用水の開削が始まった。見沼の水が落とされる時、村人達は皆

言い知れぬ想いに襲われたが、工事が始まると村人達は懸命に働いた。見沼の水が落とされて以来、武は姿を見せなくなっていたが、村人達の夢は新しい時代の期待に変わって行った。そして完成も間近になった翌年の二月、突然季節外れの「水怒り」が襲ってきた。龍王が起こした「水怒り」に懸命に防戦する弥惣兵衛だったが、逆流する水の勢いはますます強くなり、新しい用水堀に向って行く。苦労して造った用水堀を壊されては全てが無駄になることを知った雪が、人身御供になることを決意すると、能姫が現れて思いとどまるよう諭す。

雪はなおも姫の言葉にも従わず「お許しくだされ!」と一人激流に向って走ると、物陰から跳び出した武が雪を突き飛ばして助ける。仁王立ちした武が「これは俺の父上がやってることだ!人間のお雪には止められない!俺が行く!俺は見沼の龍だ!」と叫ぶと、天井から大きな雷が武に向って落ちる。落雷に倒れた武に驚愕する雪とつくし。よろめきながら身体を起こした武は「俺は人間になりたかった・・・みんなが幸せになれるなら・・・俺の棲家はみんなのものだ・・・」

崩れるように息絶えた武の上に雪が降り濯ぎ、龍王の声が響く。「・・我が息子タケルよ・・・この地に見沼の名のある限り、何時の日か、再び満々と水を湛えた見沼に戻ることもあろう・・・その日までゆっくり休むがよい・・・・」

雪の武を叫ぶ悲痛な声が長く響く・・・。          (幕が下りる)