【解説】
私はこの団員の「行動」を考える時、単一的な障害の問題だけで考えてはいけないと思っています。つまり、人間の発達全体として「どのように人格が形成されていくか?」をもう一度最初から考える必要があると思っています。私は子供の頃、「たのしいのりもの」という絵本を持っていましたが、その絵本の見開きページには右下のほうに川が描かれて舟が浮かんでいました。そして川に沿った道路には自動車が走り、一段高い所の線路に電車が走り、おまけに青い空に白い雲と飛行機が描かれていました。まさかノンちゃんじゃないので雲には乗れないでしょうが、私達子供にとって乗り物とは目的地に行くための便利な交通手段ではなく、あくまでも公園の乗り物と同じで楽しむものだったのです。そして長じても私は国電に乗ると常に車両の先頭に行って、運転席と迫ってくる前方の景色を眺めることが好きでした。武君の話に戻りますが、いったい私達は何時頃から電車が「楽しい乗り物」から「便利な乗り物」に変わるのでしょうか?大人になっても「飛行機は怖いから厭だ」という人は以外に多いようですが、反対に「乗り物が趣味だ」という大人もいます。つまり、このことからも「ある時期から乗り物の持つ意味が変わって行く」ことが分かります。一例として、ある人は「目的地に早く行く必要があるから乗り物に乗る」という人もいれば「ある場所からある場所に連れて行ってくれるから好き」という人もいるでしょう。もし、武君が後者であるとしたら「ある環境世界から次の環境世界への移動手段として電車に乗る」ことになりますが、この場合は自己世界のみが自己の中で大きく広がっていることが予想されます。今後の武君をより細かく観察しなければ結論はだせませんが、少なくとも現段階では「次々に環境世界のみを変えて行くスケジュール消化型」に発展することを防がねばなりませんが、そのためには武君の中にある価値観をより大きく、より一般社会に適合するように育て行くことが必要だと考えています。夏川の行った指導は「複数の世界を同時に持たせることで価値観を育てよう」とする大変適切な指導であったと考えます。特に「寄り道すること」や「急いで帰宅しない」などの非には一切触れずに、帰宅の重要性を説いた手腕はさすがだと思いました。人の人格形成は多方面からの観点が必要で、今後も研究を続けることが大事と気を引き締めています。(石井)

9月14日 第467回レッスン・・・自分の歩く道

スタッフや家族を含め、周囲がきちんとその時その時の立場を確立できるような方向にもって行けば彼らは素晴らしい力が発揮できる・・・・最近特に思います。
生活指導については先日も書き込みしましたが、十人十色10人いれば10通りの個性があるように団員たちの反応は常に流動的です。そこをこちらも認識して行くと思いがけない発見と学び、そして感動があり、携わっている者として喜びを感じます。稽古場に三本の道筋を作り、自分は自主的にどの道を歩くか?という訓練をしました。

最初に三人の団員が指名され、各自別々の「赤のボール」「白のボール」「黄色のボール」を持ち、同じ色のボールを持った3人の指導員の後ろに付いて別々の道筋を歩きます。テンポのリズムに乗って道筋を23周した後に、「指導員は離れて!」と命令され、指導員は道筋から離れます。3人の団員たちはそれぞれの色のボールを頭の上に高く持って歩く番になりました。同じことを今度は色を変えて行われました。3通りボールで行われましたので3通りの道筋を覚えることになります。覚えてすぐに一人で歩かなければならないのですから当然のように間違える団員もいます。
赤のボールを持ったおみつが少しはにかみながら赤のボールを担当した指導員の所に行き「間違えました。教えてください」とお願いし、もう一度指導員の後に続いて歩き、おみつは赤コースを歩きながら覚えました。3種類のコースとも間違えずにしっかり歩ける人や教えてもらいながらの人もおりますが、誰もが一生懸命です。この訓練の後、午後から芝居の稽古に入りました。 団長 坂野恭子

10月27日稽古日誌

9月14日 第467回レッスン

【解説】

大変素晴らしいことですね。帰りのお父さんとお母さんの顔が本人より輝いていたのが印象的でしたね。劇団創設の際、故・坂野允美会長のお考えから劇団さくらの稽古日は原則月曜日ときめられましたが、その裏には「彼等には休日の家族団らんは絶対に必要」という趣旨があったからです。ここで理論を持ち出す気持ちはありませんが、この日は休日、たまの休日にお子さんが毎週稽古していることをご家族で体験なさるのも結構なことではないですか。世間は休日でもさくらは稽古日ですから通常の稽古を行いましたが、お父さんには空席になっている三郎兵衛役をやってもらい、お父さんの指導をプロデューサーの黒部さんにお願いしました。全てのプログラムを大汗かきながら、時には黒部さんの叱責を受けながらお子さんと同じ体験をされたことは、ご家庭でのお子さんに対する接し方に、新たな新風となってくれることと思います。帰り道でのお子さんとの会話「家に帰って一緒に稽古しよう!」「うん!」どちらもとても力強い声でした。黒部さんご苦労様でした。(石井)

稽古日誌(9月14日)

一人で稽古場に通う武の最近の行動が崩れている。稽古の昼休み中に抜け出してしまったり、稽古後の帰宅も遅くなっているようだという。
そこで今日の帰りは武と一緒に駅のホームまで行った。
「家に帰ったら夕食までの間に今日の復習かできるね?今日じゃなければ駄目なんだよ。明日じゃ身体に入っていかないからね」武は私の言葉をしっかり聞いて自宅最寄り駅までの切符を自分で買いました。
「武が家に着く頃、電話を入れるからね。約束しよう!」の言葉に、
武は元気よく「はい!」と返事を残してしっかり帰って行きました。
指導:夏川あずみ

【解説】一般的に「人間の脳は常に他とコミュニケーションを計ろうとする」ということはよく知られています。しかし、これは無意識レベルでの話であって、意識レベルの高い演劇の世界では「常に必要なコミュニケーションがとれる」必要がありますが、これはその訓練のためです。3人がそれぞれ異なる道筋を歩きますので、当然1週する間に交差や同行がありますが、その時自分の目的意識が薄れると混乱が起こります。前を歩いて行く者に付いて行ってしまう者や逆歩行してしまう者も現れます。1516年前、初めて障害者の方達に指導を行った時、現在のさくらのように時たま見られる程度なら良いのですが、殆どの人が他人に影響されてしまうような現象が常に起こり、当時の私はこれを彼等の依存性によるものだと考えていました。しかしある時、稽古場の外を宣伝カーが大きな音とともに通ると、眠そうに稽古していた人達が一斉に窓際に走ってしまったのです。勿論稽古は中断ですが、その時私は「これは依存ではない。明らかに彼等の意識による問題だ」と気が付いたのです。さくらの稽古の話に戻りますが、実はこの稽古は「学習の型」の実習です。勿論目的意識は重要な課題です。しかし、ここでは「予測」が課題になっています。つまり、「先生の後ろを歩きながら、次に起こるであろう自分の行動を推理する」という「学習3の型、推理学習」の実習を目的に行った稽古です。そしてここでのポイントは「ボールを高く掲げて」という形態にあって、こうすることで「自意識」が減退することはありません。また、もう1つ重要なことはこの実習を見学している者にあります。「見学とは次に起こるであろう自分の行動を予測して学ぶ」(学ぶとは真似るが変化した言葉であるとされていますが)ことであり、ことの正誤という問題で言えば当然後で実習する者が有利であるはずです。スタッフにも伝えてありませんでしたが、団員たちがどんな見学をするか?が課題だったのです。現在の劇団さくらの団員達は長い間の訓練で能力的には相当高いレベルに達していますので、このプログラムを理解し行動出来ない団員はいません。リーダーの弥惣兵衛のように1つの道筋を一度歩いただけで全ての道筋を覚えてしまう「推理学習」の秀才もいます。従って実際の実習は助手に任せ、今後、団員達がどのような学習法によって「より高度な技能獲得を目指すための能力を高めることが出来るか?」を課題とした私の観点は、見学する者にあったのです。今後もこの種の訓練は続きます。指導総括:石井裕介