稽古日誌(9月11日)

         『子を守る親の力』

真夏のような暑さが戻っています。そんな中、今日は父兄も参加する『父兄参観日』で、大汗を流しながら走り回る父兄の姿が印象的な稽古風景になりました。

恒例のリーダー弥惣兵衛による『九九の暗誦』があり、先週から始まった『5の段』の稽古が何回も繰り返されていましたが、その後の歩行訓練(演劇の基本は、まず歩くことから始まります。役としての歩行、性格を表す歩行など様々な歩行を訓練していますが、彼等の場合は何と言ってもテンポ感のある歩行が優先されます。知的障害を持つ人達にとって最も苦手とする基礎機能の一つかも知れませんね)の後、先週から始まった新しい訓練の稽古に入りました。

その新しい訓練は?

(1) ホワイトボードに出席者全員の名前(役名)を書きます。

(2) その横に赤・白・緑・黄・青のカラーボールの色を出席者の数だけ書き、番号を書きます。

(3) 稽古場の床に貼られている横のバミリライン上に下手から人数分の番号札を並べます。

(4) 上手奥に全部のカラーボールをカゴに入れて用意します。

(5) 出席者全員を上手に集め、舞台の『出待ち』の状態にします。

ここまで準備が出来た所で、弥惣兵衛がホワイトボードに書いた名前(役名)に出番順と舞台の立ち位置を示す番号を書き入れます。

(例)・・1番の者は1のカラーボールを持ち、1番に走り出て舞台1の位置に立つ。

(6)音楽の始まりと同時にホワイトボードを全員に見せて、急ぎ1番の者から舞台に走り出ます。(指定のボールを持って)

(7)1番の者が1の立ち位置に付くと同時に、2番の者が指定のボールを持って舞台に走り出ます。

(8) 以下、出番順に指定のボールを持って舞台に走り出ます。

(9) 最後の者がボールを持って立ち位置に立つと音楽が終わります。

10)そのままテンポを崩さずにリーダーが1番から順に九九の問題を出します。

11)問題を出された者はテンポを崩さずに持ったボールを頭上に上げながら答えます。

12)テンポを崩さずに最後まで正しい答えが出たらリーダーが持ったボールの色を確認します。

13)全部正解したときに出番順を変更して書き直します。

この訓練は実際の舞台ではどうしても必要なことで、『自分の持ち小道具を間違いなく持つこと』『指定された切っ掛けを外すことなく舞台に出て』『指定された自分の立ち位置にしっかり立つこと』『自分に向けられた台詞に対して、テンポを崩すことなく自分の台詞を言うこと』など、舞台に立つには出来なければ困ることばかりです。

実際にこの訓練を行った結果としては、(6)からの正確な出のタイミングが取れないことが多く見られました。原因は『前の人につられて出てしまう』ことや『前の人が立ち位置に付くところを見られないので正確な出のタイミングが取れない』こと、また『ボールの用意が遅くて出に間に合わない』ことも数回見られました。

次に失敗が多かったのは最後の『九九の暗誦』で、リーダーの出題にテンポよく答えられないケースが多く見られましたが、1番の原因は『九九の暗誦が完全でない』ので反射的に答えられないケースが多く、絶句して答えられなくなってしまったり、一旦頭で考えてしまうのでテンポが遅くなってしまうことが多く見られました。

しかし、団員たちは慣れるに従ってかなり順調に出来るようになったので、今度は父兄も中に入れて同じ訓練を行ってみました。

結果として父兄の悪かった所はやはり(6)からの『指定の立ち位置に立つ』ところで殆ど全員の父兄に『指定位置に立つ前に速度を落としてしまう』ことが見られました。

何故この行動が悪いのか?・・実際にこのことを行ってみるとはっきりしますが、このことによって『後の人の出のタイミングを取りにくくしている』という大きな問題を起こしているのです。

この状態を私の代わりに演出テーブルに座ってもらった他の父兄も同様に感じたようで、参加した父兄に対して『ダメ出し』をしていましたが、さすがに劇団さくらの父兄の方々は教育熱心で、他の『親子の特訓メニュー』では汗を流しながらの熱心な稽古が行われました。

無事に今日の『父兄参加の父兄参観日』も終了し、親子仲良く明るい顔をして帰路向う団員親子の姿を見送った後、団長さんと『やはり熱心な親子の稽古があると、思い切り成果が上がりますね』と感想を述べ合いました。これが本当の『子を守る親の力』なのでしょう。次の『父兄参観日』も期待します。

                   指導総括     石

稽古日誌(9月5日)

         『上から目線 その2』

台風がまだ抜け切っていないのか蒸し暑い稽古場でしたが、今日も午前中から熱心な稽古が行われました。

今日の稽古は台詞のための基本訓練に長い時間を割きましたが、その報告をする前に先週(8月29日)の稽古で興味深いことが起こりましたので、その報告を先に致します。

稽古を行ったシーンは『闇討ち』のシーン。コミカルなシーンなので彼等特有のとぼけた演技が見られる楽しいシーンですが、このシーンの中心人物は『松吉』です。彼は天性役者向きの素質を持った楽しい団員で、相手の役者の演技によって反応がどんどん変わる不思議な才能を持っています。(健常者でもなかなか出来ない優れた才能ですが)

このシーンでは一列に並んだ農民達が次々に松吉と台詞を交わしますが、その中で指導助手が言った台詞の後の松吉の台詞だけが何ともすっきりしません。勿論、指導助手の台詞術にも問題があるのですが、不審に思った私が指導助手の代わりに武を入れて台詞を言わせたところ、受けた松吉の台詞が活き活きとしたのです。何度か入れ替えて試みてみたのですが同じ結果でした。何故このようなことが起るのでしょうか?

理由は指導助手の動機にあるのです。最初は指導助手として『松吉のために』台詞を言ってしまったのです。つまり、役ではなく指導助手の立場で台詞を渡してしまったのですから松吉も劇団員として応えてしまいます。そして武の場合は武の役として台詞を渡したのですから、たとえ武の言った台詞が台詞術として拙かったとしても松吉として応えたので活き活きとしたのです。

このことは彼等のような障害を持った人達を指導する場合、とても重要な問題です。この後、この指導助手は自分の台詞の何処が悪いのか考えてしまったのでますます松吉の台詞が悪くなってしまいました。

このことでも分かるように、彼等を指導する場合は『同じ目線』になることが鉄則です。この指導助手のように善意であったとしても指導する目線、つまり『上から目線』であってはならないのです。同じ目線で彼等とともに考え、何が出来るかを真剣に考え、舞台の上では彼等と共存出来なければ『彼等のための良い指導』とは言えません。

テレビで発達障害者に対する『薬事療法』の行き過ぎが問題視されていましたが、『まだそんなことが起っているのか!』とがっかりしてしまいます。

彼等は確かに発達が遅れます。当然周囲の健常者が困惑する場合も有るでしょう。しかし、彼等と同じ目線で『どうしたら健常者と共存できるか?』『どうしたら健常者を理解できるか?』『どうしら自分をコントロール出来るようになるのか?』を考え、実践して行くことの方が大切なのではないでしょうか?

彼等は必ず発達します。投薬によって必要以上にコントロールしてしまっては発達が阻害されてしまいます。異常行動を抑えて就職を急ぐより、時間をかけて勉強をしながらじっくりと発達を促して行くことの方が彼等を守ることになるのではないでしょうか?優秀になった劇団さくらの劇団員たちを見て心底からそう思います。

今日は彼等にとってとても重要な基本訓練も行ったのですが、次回も同じ特訓を行いますので、その結果を見てからご報告致します。

次回は父兄も稽古に参加する『父兄参観日』です。

                指導総括     石

  稽古日誌(829日)

          『上から目線』

夏休みで2週間ぶりの稽古でした。日焼けした団員が目立っていました。

ちょっと長い休みだったので、重いかな〜(気分ではありません、稽古をする動機がです)と思って稽古場入りをしましたが、さすが『さくら』の団員です。出席した全員が最初からしっかりした何時もの稽古風景になっていました。

そこで、8月8日に出題した宿題の答え合わせを行いました。(8月8日の稽古日誌をご参照下さい)

この問題をもう一度ホワイトボードに書き並べて全員を集めました。

『さあ、誰から答えを書くんだ?』と全員に問うと、全員が????となってしまいました。・・・そりゃあ、そうです!宿題だったのですから『誰から答えを書く』なんて考えもしなかったことでしょう。????で当然です。

しかし、実社会では人それぞれ役目を持っていて、仕事の手順もあるはずです。(昔、忙しくなると仕事を机の引き出しに仕舞ってしまう下役の役人がいて、そのために仕事が大幅に遅れてしまい、仕方ないので日曜出勤させて課長監視の下で仕事をさせたという役人の笑い話を聞いたことがありますが)現実として知的障害者である彼等が手順を考えながら仕事をすることはないと思いますが、本格的な演劇を目指している彼等が全員でなければ動けないでは困ります。そこで、このような問題を考える勉強も必要になるのですが、全員が押し黙ったままなので、『自分だけで答えを出せる人から答えを書かないと、後の人が困るよね。さあ、誰だろう?』と言うと、一斉に考えだして『喜作!』『三郎兵衛!』『千蔵!』『梅吉!』『代官!』と答えが出てきました。そしてこの団員達が答えを書き『さあ、次は誰が答えを書くんだ?』と問うと、後は順調に進み、最後は弥惣兵衛が答えを書き全員で正解を書きました。

さて、この問題を考える勉強を行っている中で、2つの特徴的なことが起こりました。

【その1】

 三郎兵衛への出題は(3×2)+4 = という問題ですが、なかなか前に

 出てきて答えを書こうとしないので『三郎兵衛が答えを書かないと万之助と

 武と弥惣兵衛が困るだろう?』と言うと、『うっ・・』と返事をして前に出て

考えることもなくしっかりした字で『10』と書くと、さっさと席に帰ってしまい

ましたが、指導スタッフ全員が唖然とする見事さでした。

 実は、この三郎兵衛は「自ら行動する」ということに弱点を持っていて、会

も台詞も単語を言う程度しか話しません。従って今まで彼の能力は、何処

 でも実力以下に見られていたようですが、実際はとても能力が高く、『自ら獲
得する』という適切な行動が出来るようになれば彼は高く評価されるように

 なると私達は考えています。(幼児の「可逆の指差し」から始まる言葉の始ま

りを意識した指導を心掛けています)

【その2】

 この問題を解く中で不思議なことは『お節介』が起らないことです。後の人

 が回答を待っている状態ですから『お節介』が起って当然と思うのですが、
何故か起らないのです。

 このことは、全員が『問題を考える』という同じ目線になっていることを証
明しています。つまり『上から目線の余分なお節介』がこの場合は起らない

 ということになります。

この他にも、今日の芝居の稽古では団員達と指導スタッフとの間で『上から目線の余分なお節介』が、どのように不都合であるかという結果も出ているのですが、もう一度確認して来週に報告します。

                        指導総括   石

稽古日誌(88日)

        『他人のために働く』

暑い!暑い! 世の中、夏休みの真っ最中ですが朝から熱い稽古が行われました。
道具の搬入の後、恒例になったリーダー弥惣兵衛の九九の暗誦教室も順調に進んで4の段までですが、全員がほぼ完璧に覚えていました。

そこで、今日はこんな問題を出しました。

【問題】

 喜作に・・2×8=?          三郎兵衛に・・3×2=? 

 正房に・・(3×7)+(2×9)=?   万の助に・・・(4×9)− 10=?

 武に・・・三郎兵衛+正房=?      松吉に・・・喜作+万の助=?

 弥惣兵衛に・・・武+松吉+(4×9)=?

 

この問題は団員個々に出題したものですが、問題の難易に拘わらず喜作から松吉まで全員が正しく解答しなければ弥惣兵衛が問題を解くことが出来ません。つまり、演劇と同じで『どんな端役でもしっかり演技をしなければ主役の出る幕はない』ということですが、ここでは後の人のためにしっかり計算することが求められます。

これを出題した時、全員が一瞬凍り付いてしまいましたが(つまり誰から問題を解いて良いのかが理解出来なかったようです)やがて理解して正房と万の助は自ら計算を始め、

喜作と三郎兵衛には武と松吉がフォローに入りました。そして、少し離れた所からこの様子を見ていた弥惣兵衛の姿に、私は改めて感心しました。

彼等は知的障害者です。しかし、彼等は九九の4の段までを覚えてこの問題を解くだけではなく、誰が誰のために何をしたら良いのかを知り、余分なお節介ではなく実行することも、他人の仕事を信頼して待つことも出来るのです。(特に弥惣兵衛は武と松吉の仕事を合計するだけでなく、自分の仕事も併せて行うという意味を持っています)

もちろん最終的に弥惣兵衛が123という回答を出しましたが、その間指導スタッフは遠く離れた所から傍観するしかありません。そこで宿題です。

【宿題】(問題は個々に出されます)

 喜作・・(2×8)+2=?      三郎兵衛・・(3×2)+4=?

 千蔵・・(3×8)− 4=?      梅吉・・・・2+(3×3)=?

 代官・・(4×9)+(3×3)=?  万之助・・・喜作+三郎兵衛 19=?

 武・・・(4×8)− (3×9)+万之助=?

 名主・・千蔵+梅吉+(3×6)=?  正房・・代官+(4×9)− 30=?

 松吉・・名主 49 +(4×6)=?  弥惣兵衛・・武+松吉+正房=?

 

さあ、皆さんはどうお考えでしょうか? ここには沢山の意味が含まれています。

『他人のために仕事をする』・・是非試してみて下さい。

さて、前回と今回との演技の実習は『語尾取り』です。

演劇の台詞(演技もそうですが)は元々台本に書かれています。従って台本を読みながら台詞を覚えますが、その台詞がどんな調子なのかは台本に書かれていません。大昔の『本読み』は作者が読んだそうですから、作者がどんな調子で台詞を言わせたいかは大凡分かりますが、現在は特定の作者を除いて殆どが『読み合わせ』から始まりますので『出たとこ勝負』みたいな状態です。

『役者論語』にも『相手の台詞を聞き、初めて返答心に浮かぶ』とあるように台詞とは『かねて台詞に巧みなし』で、相手の台詞を聞かなければ『どんな調子』になるのかは決まらないのです。従って台詞を言うには『相手の言葉を良く聞いて、自分が反応する』ことが大事です。このことは知的障害者である団員達にとってとても重要なことなのですが。説明が長くなりますので次回に報告します。

暑い一日の稽古でしたが、団員達は全員すっきりした表情で家に帰って行きました。

                 指導総括     石

稽古日誌(8月1日)

         『引き算の稽古その2』

今日は午後からの稽古でした。最近は基礎訓練が多くなってきたので忙しい稽古でした。通常通り、リーダー弥惣兵衛が指導している『九九の暗誦』の後、数式の勉強を行いました。数式と言っても難しい問題ではありません。ものの考え方や組み立てを覚えるための勉強です。九九は現在4の段までですから、出題は以下のような問題です。

     (2×5)+(3×7)+(4×4) =

    =  10   +  21    + 16

    =      31     + 16

    =  47

最初、一段目だけをホワイトボードに書きました。そして『答えは?』と聞くと全員が絶句です。そこで()の中の答えを先に出すことを教えましたが、これはリーダーの指導で毎回行っているので簡単です。弥惣兵衛の発声で全員が

答えを出しました。

『にご?』『10!』 『さんしち?』『21!』 『しし?』『16!』

全員が叫んだ数字をそのままその下に書き、+の記号もその下に書かせました。

後は足し算なので、比較的簡単に正解をホワイトボードに書いていました。

以下、これに似た問題を幾つか出題し、引き算も加えましたが、その後が本題です。

ホワイトボードに次のように書きました。

       日曜日 月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 土曜日

台詞の稽古を  3回   ?  4回   3回  4回  2回  4回やりました。

 【問題】

  1週間で30回台詞の稽古をするには、月曜日は何回稽古をしたら良いで

  しょうか?

勿論この問題の答えをすぐに答えられる団員はいません。従って、解き方の説明になりました。

(1)  目標は・・・30回だね。

(2)  3回稽古した日は?・・・2日だから・・(3回×2日)だね。

                  (ここの答えは3回×2日=6回だね)

(3)  4回稽古した日は?・・・3日だから・・(4回×3日)だね。

                  (ここの答えは4回×3日=12回だね)

(4)  2回稽古した日は?・・・1日だから・・(2回×1日)だね。

                  (ここの答えは2回×1日=2回だね)

  (2)と(3)と(4)で稽古が済んだ回数が分かりそうだから計算してみよう!

       6回+12回+2回=18回+2回=20回 答えは20

  目標は30回だから、目標から稽古が済んだ回数を引いてみよう!

       30 − 20回=10回   答え・・月曜日は10回稽古する。

劇団さくらの団員だけでなく、知的障害や人格障害など発達上の問題を抱えている人達にとって『自主的に将来を見通す力を得る』ためには、今の自分が生きている『目的と目標』は絶対的に必要なことです。

周囲から言われるままに大人しく仕事をしているだけでは将来必ず混乱が起ります。『自分のために働き、仲間と楽しく仕事をする』ことが彼等の幸せなのでしょうか?『誰のために働き、どのような仕事が出来るようになるか?』を自ら知り、それに向って努力する姿こそ彼等一人ひとりの『この世に生を受けた価値』であると私達は考えています。

劇団さくらの宿題は、一般の知的障害者には難しい問題かも知れません。しかし、一人も落伍者を出すことなく全員が問題を理解して前進しています。彼等は『出来ない人』ではないのです。彼等は『考える力』も『工夫する力』も持っています。彼等をもし『出来ない人達』と考える人が居たとすれば、それは彼等を指導する周囲の人達の『工夫も努力も勉強も足りない』ことが原因だと思います。

さくらのリーダーや班長達は、自主的なことで工夫が足りなかった時、『○○は考えなかったか?』と聞くと、必ず『考えませんでした。すみません』と言って謝り、次回は確実に修正しています。彼等は純粋です。

                    指導総括    石

稽古日誌(7月25日)
          『引き算の稽古』

台風の影響で2〜3日涼しかったのに、また暑さが戻ってきてしまいましたね。

今日は午前中からの稽古でしたが、節電の影響で稽古場は暗くて気怠いスタートでしたが、照明を少し明るくして頂いて早いテンポで走っているうちに、何時もの調子に戻ってきました。

さて、今日の基本稽古のテーマは『引き算の行動』です。
通常、彼等は早い内から『足し算の行動』ばかりさせられています。何時に起きる。何時に食事をする。学校は何時から始まる。月曜の次は火曜日、火曜の次は水曜日、水曜日の次は木曜日。学校には○○と○○と○○を持って行く、etc・・・・・。決して、何時に寝るから何時に起きる。お腹が空いたから食事をする。日曜日の3日前は木曜日。学校だから○○と○○と○○だけ持って行く、というような『引き算的な行動』をしません。・・いや!必要としないのかも知れません。

しかし、この『足し算的な行動』ばかりしていると、やがて『猪突猛進』、理解することなく暴走してしまいます。(自動運動化でしょうか?)と、いうことで最初の訓練はボールを使った訓練です。
前方に5つカゴを並べました。1のカゴに黄色、2のカゴに青、3のカゴに赤、4のカゴに白、5のカゴに緑のボールを入れました。

【問題1】

 訓練生は指導者が指定した色のボール以外のボールを取って来る問題です。

 例えば、赤、白、緑と指定したら、訓練生は残りの黄色と青色のボールを

 取ってくること、つまり『引き算』です。

 最初、彼等は一様に指定されたボールに走ってしまいました。普段の彼等が如何に直線的な行動しか求められていないかが分かるような走り方でしたが、その都度間違いを指摘されると、やがて理解して全員が正解の行動をするようになりました。団員達の適応力の強さを示しています。

【問題2】

 次は数字です。数字はものの数や量を示すもので数字だけ一人歩きしてしま

 わないための訓練で、問題1と同様に3・4・5と指定されたら、残りの

 1の黄色いボールと2の青いボールを取って来れば正解です。

 この問題では数とボールという異質のものを同時に認識していなければ出来

 ませんが、問題1で彼等全員が引き算的な行動を経験し、正解を出してい

 るので多少の混乱はあっても直ぐに全員が理解するようになりました。

【問題3】

 次は数式の行動です。

 引き算の計算をして答えのボールを持って来る問題ですが、答えは1、2、

 3、4、5の答えしかありません。

 4−3は? 1の黄色いボールです。4039は? これも1の黄色いボールです。

 この問題ではリーダーや班長も出題係になるので大変です。

 10−5は? 4−2は? 6−3は? 1612は? 2−1は? 692689は?

 見ていると、出題者は相手のレベルに合わせた問題を出しています。

 全員が『工夫する稽古』になっていました。

【問題4】

 今度の問題はボールから離れて言葉の引き算です。

 全員を横一列に並べ、前から指導の夏川がボールを投げて五十音の内の一つ

 を発声します。ボールを受けた者はボールを夏川に投げ返して、夏川が発声

 した語の一つ前を発声します。

 夏川が『と(TO)』と発声したら『ち(TI)』と返しますが、これは相当混

乱しました。他の指導スタッフも団員達と一緒に並んで夏川のボールを受けました
が、テンポで返さなければならないこの訓練では絶句ばかりになって
しまいました。
そこで私が全員を相手に、
まず『あ(aA)、え(eE)、い(iI)、お(Oo

、う(
Uu)』を発声させ、

 次に『か(KA)、け(KE)、き(KI)、こ(Ko)、く(Ku)』と発声

ました。そして班長の松吉に『分かった?』と問うと、ちょっと目が泳いだ

 後にしっかりと『分かった!』と答え、次から全て正解!迷う事なく答えて

 行くので周囲がびっくりしていました。

 実はこれには秘策があって、言葉を子音と母音に分離してローマ字風に聴く

 事が出来れば訓練次第で簡単にできるのです。(上記参照)

『分かった?』と質問しただけで、松吉が『分かった!』と理解したことは健常人以上の理解力なので驚きますが、他の団員達も全員が内容を考えるようになったことはもっと嬉しい驚きです。

               指導総括    石

稽古日誌(7月4日)

          『感情表現その2』

日は午前10時から午後5時までの稽古でした。異常に暑い一日でしたが節電対策で冷房も弱い中でしたが、9時過ぎには稽古場に入る元気な団員もいて、今日も熱心な稽古が出来ました。

さて、先週の稽古日誌に掲載出来なかった『宿題』ですが、最近は九九の勉強をしていますので、九九の応用問題が多くなっています。その特徴的な2つの宿題を掲載します。

 【6月13日の宿題】

 ◎ともだちが5人、あそびにきます。

  1皿に3つ「だんご」をのせた「おやつ」をみんなでたべるには、

  問題-. 「お皿」はぜんぶで「なんまい」よういしますか?

  問題-. 「だんご」はぜんぶで「いくつ」買ってきますか?

問題-1では『自分を入れて数える』という「世界」を理解する必要があります。

問題-2では『だんごを買ってくる』という理解を中心に考えさせます。

  【答え】問題-1  5人分 + 自分の分 = 6枚用意します。

      問題-2  3個  × 6人分  = だんごを18個買ってきま す。

 【6月4日の宿題】

日曜日と火曜日と水曜日と金曜日に九九を3回けいこをしました。

月曜日と木曜日と土曜日に九九を4回けいこしました。

問題です。一週間で九九を何回けいこをしましたか?

ここでは、最初に一週間は日曜日から土曜日まで7日間である理解が必要です。

問題は『何回?』ですから、回数を中心に考えさせます。

  【答え】3回 × 4日 = 12

      4回 × 3日 = 12

      12回 +  12回 = 24回  24回けいこをしました。

このように『九九の暗誦』は思考の基盤になることが必要ですが、現実には暗誦だけでも困難な人達だと多くの人は諦めているのではないでしょうか。

従って、劇団さくらでは『九九は答えを出すための道具』と考えた例題を多く指導していますが、そのために必要な『問題の内容の理解』にも多くの指導時間を割いています。

☆『みんなの中に自分が入る』ことの理解と訓練。

 【例】1.集団の中に自分が入って、予め人数を計算した2〜3のグループに分ける。

     .グループ全員に持たせる必要数のボールを取りに行く、等々。

☆『一週間の理解と計画性』の訓練。

 【例】1.前方に7つのカゴを置き、それぞれを日曜・月曜・火曜・水曜・木曜・金

      曜・土曜のカゴとする。そして、指示者(指導員・リーダー・班長等)が

      曜日を指定して(1〜3曜日)カラーボール(色は学習者の自由)をカゴ

      に入れてくることを学習者に命じる。

      命じられた学習者は任意の色のボールをカゴに入れて来て、『何色のボール

      を何曜日に入れたか』を指示者に報告する。

    2.1と同じ設定で、指示者が学習者に『何色のボールを何曜日に入れるか』

      を指示(設定は曜日・ボールとも1〜3)し、学習者は指示された通りに

      実行する。そして報告。

 

このように劇団さくらでは、『九九の暗誦』を『九九を覚える』だけに止まらず、『九九

の利用と応用』を主に行うことで『周辺の認識・知識』を広めることを考えていますが、

演劇を行う劇団さくらが『何故このような学習を行うか』ということに言及すれば、その理由は『感情と情動(行動)』にあります。

『感情』は人間固有のものであり、内外の変化に対する反応を分類すれば『感情は大脳表皮的な反応』であり、『情動は身体的生理的な反応』とされています。従って『感情』は『様々な知的判断の影響を受ける』だけでなく、『思考や想起』によっても反応が起こりますが、『情動』の特徴は身体的生理的反応として表情や行動に現れることなので、感情だけが情動的起源ではなく、食欲などの本能的な快・不快からも情動は起ってしまいます。また、『感情』を起源的に考えれば『幼少時の快・不快による情動の経験』が、やがて『大脳皮質前頭連合野のコントロールを受ける』ことによって形成されて行く『自覚される内的反応』とされていますから、感情は『価値感』『意志』『思考』など『理性や知性』の介入を受けたものが『人間固有の感情』であることが分かります。

多くの知的障害者の方が『快活に生きるため』『楽しく生きるため』の活動を盛んに行っているようですが、それ自体が『休息のための娯楽』であれば結構なことだと思います。しかし、その現場で彼等が『感情として楽しい』のかどうか、甚だ疑問が残り

ます。彼等は総じて純粋なので良く笑いますが、その笑いが『感情として未発達な本能的快感の笑い』であったとしたら、これも『問題行動』です。

演劇的な『笑い』や『怒り』『悲しみ』など、たくさんの『感情表現』を可能にするには『大脳皮質の発達が不可欠』であること、つまり『常に勉強すること(教養)』が絶対条件になります。

『快感情』は、それ自体が完結型なので持続性はありません。従って『不快感情』から『快感情』に移行することが『学習』であり、そのことが『常に勉強すること』の理由ですが、その証明のように最近の劇団さくらの団員達の勉強する表情には『喜怒哀楽(愛悪慾は別として)』が色濃く出てくるようになり、反応も強くなってきています。

演劇の感情表現には高度の知性が必要であり、そのための『学習』が彼等の『問題行動をコントロールする』ことを考えれば、彼等に出来るだけ多くの『学習時間』を与えることが必要だと、皆様にはご理解を頂けると思います。

多くの知的障害者のために、少しでも多く『学習』の機会を与えることに皆様のご協力をお願いする次第です。

                   指導総括      石 井 裕 介

稽古日誌(6月27日)

          『感情表現』

二週間ぶりの稽古で、今日は午後からの稽古になりました。このところ気温の差が激しいので団員達の体調が気になっていたのですが、相変わらず元気一杯の稽古が行われました。

比較的新しく入団した団員の一人(障害は自閉症ですが)は、最近まで道具運搬者に挨拶と用件が上手く言えず、内容を書いたノートを見ながら言っていましたが、今日はノートを持たずに相手の顔を見てはっきり言えるようになっていました。
稽古場では今日も準備の空き時間に、リーダー弥惣兵衛が九九の暗誦を指導していました。そして今日から新しく「4の段」も加わり、指導員が4の段をホワイトボードに書きました。4×1=4、4×2=8、4×3=12・・・・・・・、弥惣兵衛は書かれた所を指差しながら、自分で読んだ後に全員に対して復誦させていましたが、その後は一人ずつ指名してテストをしていました。

弥惣兵衛『3、2が?』 団員A『6!』 弥惣兵衛『はい、◯!』

弥惣兵衛『2、8 ?』 団員A16!』 弥惣兵衛『はい、◯!』

弥惣兵衛『4、3 ?』 団員A12!』 弥惣兵衛『はい、◯! 合格です!』
リーダーに合格と言われ、合格組の所に並んだこの団員A君は、一瞬得意そうな表情を見せましたが、全ての団員が合格するわけではありません。ある団員の場合は、

弥惣兵衛『2、3が?』 団員B『6!』 弥惣兵衛『はい、◯!』

弥惣兵衛『3、4 ?』 団員B16!』 弥惣兵衛『違います!』そして再び、
弥惣兵衛『3、4 ?』 団員B16!』 弥惣兵衛は当惑した表情になって、この団員に質問しました。

弥惣兵衛『本当にそう思ってるの?』 団員B『はい!』 弥惣兵衛『だめだ〜・・』弥惣兵衛はがっかりした表情をした後、全員にこの問題を復誦させて団員B君に覚え直しを命じ、次の問題を出しました。

弥惣兵衛『4、4 ?』 団員B100!』 弥惣兵衛はとうとう笑い出してしまいましたが、対照的に自信満々に『100!』と答えた団員B君の爽やかな表情が重なって、妙に清々しい風景になっていました。

このように団員達だけで行う自主稽古は、彼等の様々な表情が見られますが、以前私は他の団体の父兄から『どうしてうちの子は感情表現ができないのでしょう?』と質問されたことがあります。

実はこの問題を解くにはたくさんの訓練と勉強が必要であり、この問題を説明するだけでもかなりの時間が必要なので、その時は『たくさん勉強することですね』としか答えられませんでしたが、ここでは簡単に説明しましょう。

一般に『感情表現』と言われる『行動』は、その元となる『感情(内在的な反応)』と、『情動(外的行動)』に分けられますが、その内の『感情』は『意図的理性的抑制が可能な人間に固有』とされています。それに対して『情動』は『生理的身体的変化を伴う行動』とされていますから原生動物でも起こり、この場合は『快・不快』が『外的行動』の元になっていると考えられます。

これ以上は難しくなりますので止めますが、結論として『感情は内外の変化に対する大脳皮質的反応であり、様々な知的判断の影響を受け、情動をコントロールしている』となります。

一般の演技者にとっても『台本に書かれてるから泣く』は結果として『泣くから悲しい』になってしまう難しい問題です。また、多くの知的障害者は軽い冗談にも大笑いしてくれます。しかし、その冗談を完全に理解しているかどうかは大きな疑問が残ります。

彼等はコントロールされない『快・不快』に大きく影響されてしまいます。
劇団さくらの団員は目標は『(知的障害者の)プロの演技者になること』です。従って台本に書かれた『感情表現』を行うためには『様々な知的判断が出来るための勉強』がどうしても必要になります。結果としてリーダー中心で行う『自主稽古』という『勉強会』では、彼等の様々な『感情表現』が現れています。

今日も美大で映像を勉強している女性が見学に来ていました。彼等が演技者として様々な稽古をしていることに驚いていましたが、彼等の中に入って『彼等を演技者として会話をする』ことにはまだまだ戸惑いがあるようです。過去にも映像監督が彼等に演技をどう要求して良いのか分からないことがありましたが、監督が『直接彼等に普通の演技者として要求する』ことで見事な演技になったことがあります。

『技術を持った障害者』にこそ『バリアフリー』は必要だと思います。

今後、ますます彼等を『演技力を持った障害者』として、舞台やテレビ、映像などで採用して頂けることを熱望しております。また、その情報を教えて頂きたく、皆様にお願い申し上げます。

                    指導総括     石
(宿題の掲載は次回に致します。申し訳ございません)

 稽古日誌(6月13日)

          『九九の宿題』

先週に続き、今日も午前10時から稽古を行いました。やはり全日の稽古が続くと団員たちの調子も良く、朝からきびきびした動きが目立ちました。

午前中は基礎訓練が中心で、リーダー弥惣兵衛が最も忙しい時間です。定刻の点呼で出席をとり、稽古道具運搬の指示を出し、遅刻者の理由を聞き取り、稽古場設営の合間をぬって九九の暗誦の指導を行います。

九九の暗誦はまだ2の段と3の段ですが、私から全員が出来るように指導しなさいと命令されているので弥惣兵衛も毎回必死です。

その弥惣兵衛の指導に今日は変化が見られました。

何時もの通り全員での暗誦が終った後に、中の1人を指名してテストを行っていました。

『2×6(にろく)?』「12」『はい!まる!』、 『2×8?』「14・・」『本当にそう思っていますか?』「はい・・」『違います!じゃあ、○○(団員の名)のために全員で!』

「(全員)にはちじゅうろく!」『解りましたか?』「はい・・」

こうして出来なさそうな団員を次々に指名して稽古を行っていましたが、この稽古日誌をお読み下さっている皆様はこれをどうお思いになりますか?

これが劇団さくらで行われている団員の自主練習なのです。もちろん弥惣兵衛の指導が適切でない場合は指導スタッフの夏川が訂正しますが、今までテストを行った場合は必ず評価をすることを指導したこと以外にありません。これは全て弥惣兵衛の工夫ですが、テストを受ける団員も指名されたら必ず弥惣兵衛の前に立ってテストを受ける姿も、自主的に行っているとは思えない見事さです。彼等は工夫させれば出来る人達なのです。

今日は別に応用問題の勉強も始まりました。

稽古に使う「紐の付いた小さいボール」を9名に持たせることを弥惣兵衛に指示しました。すると弥惣兵衛は9名の団員を並ばせた後、その中の「武」を指名して全員にボールを2つずつ持たせることを命じました。(リーダーが直接ボールを運ばないのは残った団員を稽古に集中させる重要な役があるためです)そして命じられた「武」が『はい!』と答えてボールを取ろうとすると、空かさず弥惣兵衛が『全部で幾つ必要ですか?』と聞きます。咄嗟の質問に一瞬どぎまぎした武ですが、やがて「18個です」と答えました。

この問題を何回か繰り返した後に、もう少し複雑で複合的な問題も勉強しました。
団員6名を並ばせた後、リーダー弥惣兵衛がその中の1名を指名して『カラーボールを2つ入れたカゴを全員に渡しなさい』と指示します。そして、命じられた団員は最初にカゴの管理をしている班長の松吉の所に行って『カゴを6個取りにきました』と報告します。『はい』と了承した松吉から6個のカゴを受け取ると、ボール係の弥惣兵衛の所に行って今度は『ボールを12個取りに来ました』と言います。了承した弥惣兵衛から12個のボールを受け取った団員は、1つのカゴに2つずつボールを入れて全員に配ります。

この応用問題は今日始めたばかりなのでまだまだ未消化ですが、今日の様子ではそれほど苦労することなく全員が出来るようになりそうです。問題は家庭で行う九九の暗誦が完璧に行われるかが鍵になりそうです。

このような簡単な九九の応用は、社会に出れば誰でも出来なければ困ることです。
しかし、彼等のような障害を持った人達の職場で、このような問題を簡単に答えられる人はどれほどいるのでしょうか? もし誰もいないとなれば、そこに健常者が必要になり、彼等は単に『運び役』でしかなく、ベルトコンベアーの代用でしかありません。

彼等に対する教育を疎かにして『何も出来ない人』の「役」しか配役してやらないとしたらあまりにも彼等が可哀想です。

もっともっと勉強させましょう!彼等は勉強さえすれば出来る人達なのですから!
次回から宿題を載せますので、皆さんで考えてみて下さい。

                   指導総括     石

  稽古日誌(6月6日)

        『してやらないこと』

あの大震災の混乱から、やがて3ヶ月になろうとしています。周囲の生活は大震災前とは言えないまでも、かなり落ち着いた生活に戻ってきました。テレビなどの報道も当初の『どう生命を守るか』という問題から『どう生きて行くか』という話題に移り、連日のように被災地の方々の明るく、逞しく生きようとする姿が映し出されるようになりました。『守られる姿』から『自立する姿』に変わったように思います。

さて、目を劇団さくらの団員達に転じてみると、大方の団員に変化は見られませんが、2〜3の団員に大震災の影響は少なからず残っています。

『放射能が我が身に及んだらどうする?』『稽古中にまた大地震が起きて電車が止まったら帰宅難民になってしまうのでは?』『被災したら必ず守ってくれるのだろうか?』というように、あたかも実際に被災したかのように彼等に転移が起ってしまうのは、テレビなどの情報過多の時代にあって当然かも知れません。情報の処理能力が低い彼等には、彼等の背丈に合った情報を伝えて上げること、つまり彼等には情報を整理して与えて上げることが大切なのではないでしょうか?

そんなことが影響しているのでしょうね、震災前でしたら稽古前には自主稽古を誰に言われなくても始めていた団員達だったのに、何となくボヤ〜として指示待ちの状態の団員がちらほら見られます。目の動きも全体的に遅く重い感じですが、それでも稽古が始まれば1時間以内には以前の活気に戻ります。

これは私の憶測でしかありませんが、今回のような大震災が起った場合、彼等のような障害を持った人達は一般の健常者の方々に守って頂くしかありません。

それが現状です。しかし、実際に震災を受けていない障害者までが普段以上に守って頂く必要はない筈です。劇団さくらの団員は『障害者であっても他人のお役に立つ人格形成』を目標にしています。発達障害者に拘わる全ての人は、彼等に対して安易に『して上げる』ことより、彼等一人ひとりを良く理解して『してあげない』ことの方が大切なのではないでしょうか。

団員達の義務になっている九九の暗誦は諸事情があり、現在でも2の段と3の段から進んでいません。何時もの通り、リーダー弥惣兵衛の指導で稽古が行われていましたが、その途中、指導員の夏川から問題が出されました。

問題です。

『毎日リンゴを2つ食べました。一週間で幾つリンゴを食べましたか?』

さあ、大変です! 即答できる団員は一人もいません。

そこでリーダー弥惣兵衛を中心に解決するための工夫が始まります。劇団員の義務は『考えること』『工夫をすること』ですから当然です。

最初はリーダー弥惣兵衛が一週間を数えることから指導を始めました。全員に指を折らせ、月曜日から大きな声を出しながら数えていました。そして結果は7と出ました。次に弥惣兵衛がホワイトボードに上から2×1、2×2、2×3、と書き出し、最後は3×10と書きました。そして『に、いちが、に』と声に出しながら読ませ、『2、7、14』となった所で答えを出しました。

答えは『14個』ですが、『14』と言えても『14個』と言えるようになるにはもうしばらく時間が必要のようです。

2〜3の団員以外は『この問題の意味を理解し、解決方法を理解する』ことが出来たようなので、次のような応用問題を出して宿題にしました。

『毎日3回食事をします。一週間で何回食事をするでしょうか?』

宿題は家族と一緒にやることが決められていますので、家族の方々がこの問題をどう指導するか興味のあるところですが、安易に解決方法を『教えてやらない』ことも指導の上では必要なことだと劇団さくらでは考えています。

                  指導総括     石

  稽古日誌(5月30日)

         『語尾を取る』

最近、台詞がはっきりしない団員が増えてきました。

劇団さくらでは、稽古道具の搬入・搬出には劇団員たちが運搬車から稽古場まで道具を運びますが、その時に必要なのが、運送者に対して『何を何しに来たのか』をしっかり伝えることです。具体的には、『おはようございます』『○○(品名)を取りにきました』であり、搬出時は『○○を持って来ました』『ありがとうございました』ということになります。

一般に彼等の行動は直行的であり、用件を伝えることが不得手です。もちろんコミュニケーションの会話が未熟だということもあるでしょう。しかし、彼等の行動は視覚優先であり、認識した後に行動するという『企画→実行環』が崩れていることも大きな要因なのではないでしょうか? 実際に彼等の言葉は、長くなるほど後の方が不明瞭になり、結論を得ることが困難になることが一般的ですが、演劇がこれでは困ります。

演劇は台詞のリレーでもあります。言葉から言葉につながって行くには基本的に語尾の響きが重要です。その響きによって次の台詞が決まってしまうからですが、仕事でも同じことで次の人にしっかり渡せる仕事が出来なければ、仕込み→製造→販売という一連の仕事になりません。ただ仕事を一生懸命にやるだけでは意味がないのです。

と、いうことで修正のための訓練ですが、今日は各班とも縦に一列に並び、その前から指導スタッフが4/4のテンポ音に合わせてカラーボールを投げますが、4/4拍子ですから4拍目に指導員が投げれば次の1拍目に団員が受け取ることになります。ボールを受け取った団員は4拍目に後ろの団員に投げますが、次の1拍目には次のボールが前から飛んで来ますのでゆっくり向き直るほど時間はありません。それと必ず1拍目に次の人に渡すリレーですから受け取る1拍目と次の人に渡す4拍目が最重要になりますが、それがしっかり出来れば必然的に中の2拍目・3拍目もしっかりします。

いろいろテンポを変えて訓練してみましたが、どのテンポでも【確実に後ろの人へボールを投げられない】ことや【4拍目で後ろへボールを投げた後、次の1拍目で前から来る次のボールが受け取れない】など、受け渡しの欠点が現れましたが、結果としてテンポに関係なく、視線の切り返しが遅いことが原因で動作が緩慢になることが分かりました。また、【ボールを投げた後、元の姿勢に戻ることが特に遅い】という結果もあり、彼等が通常『一つ動作』『一つの作業』に終始している大きな欠点が現れました。(これらの欠点は一般健常者でも起っていることで、知的障害者だから起るという問題ではありません)

このように経過での欠点は大きく現れましたが、同じ訓練を数多く行う(試行数)ことで、確実に欠点が修正されたことは言うまでもありません。

また、この訓練の後に行った台詞稽古では数段はっきりした台詞になり、台詞の「受け渡し」もしっかりしたことでも分かるように『相手の語尾をしっかり取り』『相手に語尾をしっかり渡す』ことがコミュニケーションの会話の基本であることが証明された訓練となりました。是非一度試してみて下さい。

                 指導総括     石

 稽古日誌(5月16日)

         『自主性を重んじる』

今日も午後からの稽古でした。

指導スタッフの一人が休みのため稽古場の準備が少々遅れ、団員に待ち時間ができましたが、その間を利用してリーダーの弥惣兵衛が九九の三の段の暗唱と宿題の算数を指導していました。

何度も説明していますが、劇団さくらの団員の組織はリーダーの弥惣兵衛の下に3つの班が作られ、夫々に班長が決められています。普通でしたら班長は班の世話係のようなものですが、劇団さくらでは班長は自分の班の団員の実力を上げるために最大の努力をしなければならないことになっています。従って班長は自分の班の誰よりも努力しなければなりませんが、その班長に注意を与えるリーダーはそれ以上に努力しています。

今日の自主練習も私の『弥惣兵衛。三の段は全員暗記できたかな?』の一言で始まった稽古ですが、稽古場の準備ができた頃に『弥惣兵衛。○○(団員の役名)は暗記できたかい?』と聞くと、弥惣兵衛は苦笑いしながら『いや・・まだです・・・』と歯切れの悪い返事が返ってきました。すかさず私が『そうか。じゃ、次回には全員が出来るように努力してくれ』というと、『はい!』と今度はしっかりした返事が弥惣兵衛から返ってきました。弥惣兵衛はとても責任感の強いリーダーに成長しています。

今日の基本訓練はリーダーと班長を含め、指導スタッフの技術指導力の強化訓練になりました。

基本訓練ではよくカラーボールを使い、テンポ音を鳴らしています。早さは何種類か使い分けますが、今日は比較的遅いテンポで指導者側は確実に相手の手に1と3を渡す訓練です。確実に渡ったかどうかは確実にボールが返ってくることで分かります。

そしてその次は2名ずつ指導スタッフ横に並んで担当し、1名の団員に対して最初の指導者が1を渡し隣の指導者が3を渡しますが、その間を団員が素早く横に移動します。

『横移動のボール受け』ですが、これには『指導者が団員の状況に流されることなく確実に自分の前にボールを投げること』と『ボールを受ける団員はボールを取った瞬間に次の指導者を見ること』の二つが重要になります。

これは訓練する者とされる者のどちらが悪くても失敗します。確実に自分の仕事をすることが要求されます。

この訓練が何とか出来るようになって、最後は指導者側の3組と訓練される団員全員が一人ずつ順番に入れ替わる訓練を行いました。

この訓練は非常に難しく、確実にテンポに合わせることや失敗したことに拘らず先に進める行動の早さが要求されます。

ここまで訓練してみて私は心中『劇団さくらの団員たちは凄いな!』と思いました。
失敗しても走ってボールを追いかけ、順番を待つ間も訓練に熱中する姿は普段見かける障害者の姿ではありません。目的を持った人の目は健常者も障害者も同じです。

今日は新しい人が入団しました。とても明るくて性格の良さそうな中学3年生で自閉症の男の子です。

新入団ということで最初は団長が別メニューで担当しました。最初は『注視の訓練』で団長が見ている先に自分が入ってボールを受ける訓練です。

自閉症の人の多くが最初は『自分から相手の視線を自分の目で受ける』ことが苦手です。

視線だけの場合は『視線の中に色々なものが含まれる』ことも原因があるかも知れませんが、一般的にコミュニケーションが苦手な自閉症の人達に最初から『相手の目を見て台詞を言う』ことは至難の業です。しかし、この訓練のように視線にボールを加えることで徐々にこちらの視線に答えてくれるようになります。

団長の訓練でも段々熱が入ってきて、最後は新人の彼も夢中で走り回っていました。
どうやら彼も団長を『団長先生』と認めたようで、入って来た時より数段も輝き、しっかりした顔で帰って行きました。

                 指導総括       石

稽古日誌(4月25日)

           『短冊の効用』

今日は午後からの稽古でした。大震災から1ヶ月半も過ぎて稽古場のあるさいたま市は普段の暮らしに戻ったように見えますが、残念ながらまだ2〜3名の団員に影響が残っているようです。(団長さんが苦労しています)

劇団さくらでは団員達に『人の役に立つ人になる』ことを常に指導していますが、現実として今度のような大震災に遭遇した場合、どれだけ他人のお役に立てるかは疑問です。

しかし、せめて自分たちの分は自分たちで管理できるように指導は続けたいと考えています。

そのために彼等に対して絶対必要なことは『安心感を与える』ということです。彼等は『大丈夫感覚』を与えられた時、とても素晴らしい活躍をします。彼等に上演時間3時間もかかる舞台を任せることは我々にとっても勇気が必要です。

一旦せりふや演技が止まってしまうだけで緞帳を降ろさなければならないかも知れませんが、過去に一度もそのようなことはありませんでした。失敗は数えきれない程ありましたが、その都度彼等だけで乗り越えてきたのです。

ハードな稽古をこなし、たくさん稽古をした彼等には『大丈夫感覚』が育ちます。『父兄も観てる』『お客様も観てる』は、緊張感も相当ありますが悪い緊張感ではありません。良い緊張感は一級のスポーツマンと同じものです。

ということで、今日も『高揚性』を育てる訓練から始めました。彼等は常に訓練していないと『落ち』ますので必ずカラーボールを使った『高揚性』を育てる訓練を行っています。また、稽古場を上手から廻る『歩行訓練』も必ず行うことですが、これには条件が付いています。

上手から下手への歩行は『押す歩行(意志力の歩行)』、奥から前へと前から奥へは『立てる歩行(自制心の歩行)』、下手から上手へは『引く歩行(協調性の歩行)』となっていますが、これによって今日は何が問題で、何が良いかが一目瞭然と分かります。

今日の特訓は短冊を使った台詞稽古でした。

自閉症だけでなくダウン症の人でも一度覚えた台詞は『丸暗記』されてしまうのかどこで切れるのか分からなくなってしまいます。従って段々意味内容が不明になってしまいますが、これを防ぎながら『誰に何を言っているのか?』を一段深くするために一節ずつ台詞を書いた短冊をたくさん用意しています。

特訓を指名された団員は、最初に台詞を書かれた短冊を指導員から一枚一枚引き抜きながら書かれた台詞を発声します。それが出来ると、次にその団員から台詞を受ける団員たちが一枚ずつ短冊を持って舞台の位置に付きます。そして、切っ掛け台詞で短冊を持った団員(台詞を受ける側)が順番に持った短冊を大きく掲げます。台詞を言う団員はそれを見ながら発声しますが、これによって誰に言っているのかをしっかり確認することが出来ます。また、それも卒業すると、今度は短冊を持った団員は短冊を床に置いて自分の身体で(演技ですが)短冊の代わりをしますが、台詞を言う団員は大きく身を乗出した団員を見ながら台詞を言うことになりますので『誰に何を言ってるか?』をしっかり覚えて確認が可能になります。

今日はこの段階で終りましたが、最終的には台詞を受ける側の無理な動きではなく、自然なちょっとした動きにも『反応した台詞』を言えることが理想です。

また同時に台詞を受ける側も『舞台で勝手に休む』ことなく、常に『相手の台詞を考えながらしっかり聞く習慣』を付けさせたいと考えています。

今日は一名の自閉症の方がお母さんと『体験レッスン』に参加されました。基本的にはとても優秀で訓練次第で大きく成長されるのではないかと感じました。

全てのプログラムにとても興味深く参加されましたが、劇団さくらの稽古が日曜日ではないので入団されるか迷っておられたようです。

劇団さくらの活動は『有料の演劇活動』だけでなく、彼等の精神的な成長を願っての『発達促進』を進め、『社会貢献できる人格形成』を目標としていますので、単なる『余暇活動』ではありません。従って『仕事感覚』で稽古に通って欲しいことから現在は月曜日を中心に稽古日を設定しています。

劇団員の中の何人かが企業に就職していますが、企業側の理解もあることから企業内の成績も良く、現在は劇団での活動が好結果を得る形に現れているようです。

今日現在では学校や職場を休んでも参加されるという方や、劇団活動のために休むことを許可する学校や職場は少ないのかも知れませんが、彼等は誰のせいでもなく『生まれた時からの障害を持った人達』ですから、生涯を通して『勉強する場』を持つ必要があります。彼等の『本当の楽しみや歓び』は『多くの人に認められること』だと確信しています。障害を持った多くの方の『体験入団』をお待ちしています。
  指導総括       石

 稽古日誌(4月18日)

         『再々・役に立つこと』

未曾有の大震災以来、何方でも日常生活に少なからず影響が出ていると思います。

『彼等は平静な顔をしているが、内心ではかなり動揺して居るはずです』と有る方が仰っていましたが、確かに劇団さくらでもその傾向は出ています。

具体的には『一人で電車に乗って稽古場に行っているが、途中で地震があった時、対処が出来そうもないから休む』や『地震や放射能が怖いから稽古に行けない』などが中心です。劇団でも『稽古場の天井から物が落ちたら場合を想定してヘルメットを用意するか?』という案が出ていますが、実際にヘルメットをしての稽古では却って恐怖感を煽ってしまう恐れがありそうで実行はしていません。

こんな状況の中ですが、この混乱は何れ収束するものとして彼等の勉強は一日も疎かには出来ません。そこで、今日の訓練は『上司の命令を速やかに実行すること』になりました。

(1)  上手奥に座って待機する団員の名前を上手舞台脇に居るリーダーの弥惣兵衛が
呼び出します。


(2)  呼び出された団員は大きく『はい!』と答え、速やかにリーダーの前 に出ますが、団員の立つ位置は最も命令を聞き易い場所にテープを貼ったサークルを作り、そこに立ちます。

(3)  リーダー弥惣兵衛の命令を聞いてから、しっかり『はい!』と返事をして下手に走ります。
下手には班長の松吉が、沢山のカラーボールをカゴに入れて待っていますが、ここにも用件を言うための場所がサークルで示されています。

(4)  リーダーに命令された団員は松吉に用件を伝えます。(この時『何を』『何しに』が松吉にしっかり伝えられないと松吉に返されてしまいます)

(5)松吉から命令通りにボールを受け取ると、上手に走って帰りリーダーに報告をします。

(6)報告を受けたリーダーは『命令通りに実行している』ことを確認したら『はい!』と確認の返事をした後、次の命令を出します。

この訓練で問題なのは、上手のリーダー弥惣兵衛が言う言葉と下手班長の松吉に言う言葉が違うことです。

例えばリーダー弥惣兵衛に命令された言葉が、
『赤いボールを1個と黄色いボールを2個持ってきて下さい』と命令した場合、下手の松吉に言う時は、『赤いボールを1個と黄色いボールを2個取りに来ました』と言わなければなりません。

多くの知的障害者が『オウム返し』の習性を強く持っています。従って松吉に、『・・・持って来ました』とか『・・・お願いします』と言ってしまう場合が多く見られます。また、弥惣兵衛に報告する時も、『・・・取ってきました』と言ってしまう場合が多く見られます。

劇団さくらでは道具の搬入・搬出時には必ずこの訓練を行っていますが、彼等知的障害者が『お願いします』だけであったり、『持ってきました』としか言えない場合はとても危険です。何処から何を持って来たか分からないからですが、

『何を』『何をしに』『どうした』がしっかり言えなければ一般の方と作業を一緒には行えません。

今日はこの緊急時に大切なことをもう一つ訓練しました。(と言っても方法の内容は以前から行っていることと同じなのですが)

今居るこの場所を『避難所』とします。

外部から団員の一人に『人数分のおにぎり』が渡されます。『人数分あります。みなさんで分けて下さい』と言われたらどうするか?という問題です。

最初の一人は『はい!』と言って、最初のおにぎり(袋に入ったテニスボールですが)を一つ自分で取って、後は2名のスタッフと団員達に一つずつ配りましたが、当然おにぎりが2つ足りません。足りなくても平然としていました!

実は劇団さくらではこのような場合、誰が受け取ってもリーダーの所に持って行き『おにぎりが届きました』か『おにぎりが来ました』と言うことになっています。するとリーダーは自分の分を一つ取ってから、班長に『全員に配って下さい』と言います。そして班長がリーダー以外の全員に配ることになるのですが、このような訓練は一般の方とフィールドを同じにする場合、とても大切なことです。

彼等が『役に立つ人』になるためには、先ず最初に『自分たちの組織化・構造化』が必要です。
                指導総括   石

稽古日誌(4月11日)

          『再・役に立つこと』

今日は午後からの稽古でした。

大震災から1ヶ月。計画停電もなく今日も通常通り稽古をさせて頂きました。

知的障害者である劇団員たちにとって毎回が勉強です。休むことなく稽古をさせて頂けることを改めて有難いことだと痛感して感謝しております。

さて稽古ですが、内容は先週の続きで『視野を広げること』と『相手のための台詞』が中心になりました。

ところで、先週からちょっと気になる現象が起こっています。

この大震災以降、以前に増してしっかりした団員と少し行動が鈍った団員が現れたことです。劇団さくらの団員は圧倒的に『しっかりした団員』が多数を占めているのですが、

他の所では『何となく呆然とした状態』のメンバーが少なからずいることに気付いていましたので、昨日(10日)に行われた父母研修会で『大地震が起こった時から今日までどのようにされましたか?』とリサーチしてみました。

当日の混乱では、交通手段がなくなり迎えに行くにも交通渋滞が激しく、自閉傾向の障害を持つ人にとっては『スケジュールの混乱(何時に到着するか分からないなど)』が一番難儀されたようですので、今後の問題として緊急時に『どのように待機させておくか?』という問題が話し合われました。

その他にも私達指導スタッフが勉強になることをたくさん教えて頂き、大変有意義な勉強会になりましたが、この研修会とは別に私が一番父兄にお聞きしたかったことは、彼等にたいして『テレビなどで被災のニュースをどこまで見せたか?』または『被災のニュースをどのように教えたか?』という問題です。(勿論このようなニュースが彼等にどのような影響を及ぼすかは私自身にも分かりませんので、話し合ってはいませんが)

ある団員のお母さんから『テレビのニュースは極力見せませんでした』とお聞きして『やはり・・』と思いました。

大震災のニュースは当初、当然ですが惨状を知らせるニュースばかりでした。恐怖と涙なしには見られない映像ばかりでしたから多くの人がパニックになって『買いだめ』に走り、停電になり、ガソリンや灯油も買えませんでした。

これでは一般の人でも『我が身を守る行動』に走っても仕方ありません。

しかし、直ぐに起こったのは多くの被災者に向っての多くの救助隊と国際的な支援の渦でした。そしてそれは今も続いています。

現在のニュースは『救援を受ける人達』と『懸命に支援を行っている人達』のニュースになっていますが、何れにしても被災された方々が主役です。

 

さて、多くの知的障害者の人達がここまでの経緯を知った時、果たして『どちら側の人間になっているだろうか?』ということが私の心配でもあり、疑問でもあることです。つまり、もし知的障害者である彼等が極限の『不安』と『恐怖』を持った犠牲者側としてニュースを知ったとしたら彼等は現在も不安や恐怖を持っているのではないでしょうか?

しかし、反対に懸命に応援をしている人達側からのニュースとしてこのことを知ったとしたら『自分も応援しよう!』と思うのではないだろうか?という疑問です。

劇団さくらでは創立以来団員の『目的』として、常に『他人のためになる人』『役に立つ人』になることを言い続けています。この『目的』を持った団員たち全員が、今回のような大震災の時、知的障害者であっても自分の不安や恐怖で周囲の方々に迷惑をかける側ではなく、ほんの僅かでも救援の『お手伝い』が出来る人になって欲しいと願っております。今日も団員達は多くの勉強をして、『しっかりした顔』になって帰って行きました。

               指導総括     石

稽古日誌(4月4日)

           『役に立つこと』

大震災の影響で稽古を中断していましたが、今日から稽古が再開されました。

先ずは被災された多くの方々に謹んでお見舞い申し上げるとともに、一日も早く平和な生活に復興されますことを日本国民として切望しております。

テレビなどの報道で、あのような悲惨な災難に遭われてもなお前向きに努力されている被災者の方々のお姿は、同じ日本人として涙なくして見られませんが、

一方で広い被災地に少なからず居られたと思われる知的障害者の方々がどうしているのか大変気掛かりです。一般の方々がごく普通の生活に戻られることが多くの知的障害者にとって一番望まれることだろうと思います。私達も少しでも皆さんのお役に立つことを考えながらこれからも進んで行こうと思います。

さて、久しぶりの稽古です。日程の関係もあって、ほぼ1ヶ月の稽古中断は能力的な障害を持った団員達にかなり大きな落ち込みがあるのではないかと危惧していたのですが、実際に稽古を始めてみると予想外に能力的な落ち込みもなく稽古に入れたことに驚きました。(このことは、彼等が稽古で獲得した能力がある程度定着したことを示すと同時に稽古中断中の父兄の努力をも示すものだと思います)

しかし、震災直後からの交通機関の混乱やガソリン不足、計画停電の実施など、健常人であっても目先が見えない日々を送ったように彼等も視界の広さを多少失っているように感じたので、最初は『視界を広げる訓練』から始めました。

方法は簡単です。横に整列した団員と対面して並んだ団長と指導スタッフ、そして班を束ねる班長達とカラーボールの『キャッチボール』を行うだけです。

ただし、テンポ音を鳴らしてカウントの1を必ず相手の手の上に置くことと、相手との距離を段階的に離して行き、最終的に6〜7メートルの距離に離しました。従って投げることも取ることも予備を早くしないと上手く行きません。また、距離が長くなりますから当然ボールが天井に届く程の高さになり、自然と視野が広がります。

この後、前進する『高揚性』を得るために各自ボールをお手玉のように投げながらの歩行を行いましたが、実際にボールを投げながらテンポに合わせて歩行を行うことは想像以上に難しいのですが、このような訓練で稽古を行う『高揚性』は完全に稽古中断以前に戻りました。さくらの団員達は優秀になりました。

大震災の話に戻りますが、ここ『劇団さくら』が稽古を行っているさいたま市でも大きな揺れを感じましたし、その後の混乱や計画停電もあって少なからず劇団員たちも動揺があったようです。被災された地方だけでなく東北・関東の知的障害者の方々がこの間どのように過ごされたかとても気になります。

劇団さくらの方針が『観て下さるお客様のために演技を行う』ということもあって、普段の彼等は一般健常者の方々のお世話になっていたとしても、この困窮の間少しでも『他人の役に立つ』ことが出来たのだろうかと気になります。

『少しでも他人の役に立つ』ことが彼等にとってとても大事なことだと私達は考えていますが、その前に『他人に迷惑をかけない』ということが大切です。

今日の台詞稽古は『他人に迷惑をかけない』ことの実践になりました。

毎度登場する「役者論語」には、台詞の渡し方について『相手をそこなはぬやうにする・・・』『我が当たりをと心がけぬことなり』と書かれています。

劇団さくらの稽古では、「台詞を言えなかったり」「台詞を間違えたり」したことで叱られることはありません。しかし『自分の台詞を言えなかったり、台詞を間違えば次の人に迷惑をかける』として叱責されます。同じように『台詞の間を外すこと』や『周囲が受け取りにくい台詞を言うこと』も厳しく注意されます。活き活きとした台詞はこうした気遣いから起こることだと考えています。

『相手のための台詞』『他人の役に立つ台詞』の稽古はまだまだ続きます。

大震災のニュースで『てんでんこ』という津波の防災訓練があったことを知りました。津波警報が出たら親や先生や友達に構わず全員が『てんでんばらばらに避難地に走る』という訓練をしていたという小学校の教育に敬服しました。

劇団さくらの演劇は全員が異なる役を持っています。周囲に囚われることなく夫々が『自分だけの役になる』ことが良い舞台を作ることになるのですが、この『てんでんこ』のニュースは改めて『夫々が自立した役になる』ことの大切さを知らされました。

                指導総括      石

 稽古日誌(2月28日)

         『振りは目にてつかふ』

今日は朝から冷たい雨が降り、昼頃には雪になって寒い一日でした。

天候のせいではないでしょうが欠席も多く全体的に沈滞ぎみの稽古開始でした。

通常通り歩行訓練から始まった稽古ですが、やはり活気のない様子だったので軽い走りに変えました。しかし、それでも身体のキレが悪く、動作の緩慢さばかりが目立っていました。

この原因を『目』にあると感じた私は、班長と班員とのボールパスを命じましたがこれも芳しくありません。

またまた『役者論語』の登場ですが、役者論語の中の『しょさの秘伝』に次のような文章が載っています。

『ふりは目にてつかふと申して、ふりは人間の躰のごとし。目は魂のごとし。

 魂なき時は何の用にも立たず。ふりに眼の外れるを死振りと言ひ、所作の気

 に乗りて振りと眼と一致するを活きたる振りとは申すなり。夫故振りは目に

 て使うと心得べき事第一也』

この文章にあるように、この時の団員たちの身体は『魂の入っていない空の躯』だったのです。従って団員たちは『目を使って身体に魂を入れる』ことをしなければなりません。方法は次のようなものです。

1人を中にして2人が放射状に立って、一つのカラーボールを2人が中の1人に交互にパスする稽古です。テンポ音を鳴らして時々テンポを変えますが、パスを繰り返すだけの誰でも出来る簡単な稽古です。しかし、この簡単な運動が『ビートの頭を相手に渡す』という運動にすると途端に健常者でも難しい運動になってしまいます。

これは『相手に台詞を渡す』という演劇にとっては最も基本的な台詞術を獲得するための訓練です(「台詞を言う」ことと「台詞を渡す」ことの違いはお問い合わせ下さい)が、これには『見る』という目の働きがどうしても必要です。

具体的には『Aから来たボールを取ると同時にBを見る』というしっかりした目の動きが確実な身体の動きを産むことになります。つまり『魂の入った振り』になります。
この訓練をしばらく続けると、団員たちの『目の動き』も活溌になってきて、どうやら今日も稽古が可能な状態に戻ったようでした。

昼休みに続き、宿題の答え合わせと新しい宿題の書き写しが行われ、今日から新しく九九の『3の段』の暗記が始まりましたが、これも演劇の応用で台詞の暗記と同じように訓練しています。つまり、『九九は計算ではなく、計算するための用語として覚え、意味は後から理解する』ことを実践したい考えです。

この後に芝居の「立ち稽古」に入りましたが、今日はここで特徴的なことが起こりました。

私達指導する立場の人間は何時も何気なく行っていることなのですが、良く考えてみると、言葉を言う意識には『相手に言っている意識』と『相手が聴いている意識』があり、同じ言葉を言うにも夫々が異なっているのです。

多くの人が台本に書かれた台詞を言う時、文字通り『台詞を言う』になっていますが、大看板と言われるような俳優は何時も多くの人が聴いている中で台詞を言っています。従って何時も『聴いている人に丁寧に説明している感覚』の台詞になっています。
今日はこのような現象が「千蔵」と「おすえ」の間に見えました。

今日の午後からは二人とも調子が上がっていたようで、休憩時間には二人で自主稽古をしていましたので、二人の掛け合いのシーンの台詞を稽古しました。

最初に「おすえ」が台詞を言った後に『千蔵、聞こえた?』と聞くと『聞こえない!』の返事。次に「千蔵」が台詞を言った後に『おすえ、聞こえた?』と聞くと同じように『聞こえない!』の返事がありました。そこで、再度「おすえ」が台詞を言う時、『おすえ、千蔵が聞いてるよ』というと、かなりはっきりした台詞になりました。『千蔵、良かった?』と聞くと『少し・・』の返事。同様に再度「千蔵」が台詞を言う時、『千蔵、おすえが聞いてるよ』というと、これもかなりはっきりした台詞になりました。『おすえ、良かった?』と聞くと『少し・・』と同じ返事が返ってきました。(もう兄弟のようですね)

これを何度も繰り返して行くと二人とも声が裏返る程強い台詞になっていました。最後は多少競い合う気持ちが強くなってしまったのかも知れませんが、これで全員がまた新しいことを学びました。彼等は凄い!!

                  指導総括   石

 稽古日誌(2月21日)

          『番外編 その2』

これは劇団さくらでの話ではありません。別の場所で私が指導している教室の中で起こった話です。

B君はちょっとしたこと(本人には重大なことなのでしょうが)でイライラしてパニックになり、自分の私有物や周囲の物を壊すことが多々ありましたが、その度に投薬を受けて沈静していたようです。

そのためにしばらく私の教室を休んでいましたが、最近になってまた稽古に参加するようになりました。復帰に際して私はB君に『ここは私の教室だから自分がイライラしたら私に言いなさい』と約束させました。

そして2回目の稽古の時、突然B君が顔色を変えて私の所へ『C君が咳払いしたのでイライラした!』と言って来ました。

そこでB君を私の側に座らせて落ち着くのを待ってから、私は『今日は問題を出すから終了時間までに回答を書きなさい』と言って問題を出しました。

内容は次のようなものです。

(1)  C君が咳払いをした。『だから』・・・「 回答 」

(2)  自分がイライラした。『だから』・・・「 回答 」

(3)  C君が咳払いをした。『だけど』・・・「 回答 」

(4)  自分がイライラした。『だけど』・・・「 回答 」

この問題に対してB君は、あっという間に書き上げて持って来ました。答えは・・

(1)  頭に来た。

(2)  先生に物を壊す前に言った。

(3)  我慢した。

(4)  耐え抜いた。

と、いうものでした。そこで私は『違うなあ〜、もう一度考えてごらん。これは問題だよ。これで正解かな?』と言い、再度回答を書くことを命じました。

今度はかなり長い間考えて何度も書き直していましたが、今度の回答は・・

(1)  物を壊しそうになった。(本当は壊していません)

(2)  ・・・(薬の名前)を飲んで直した。(本当は飲んでいません)

(3)  キレる一歩手前で済んだ。

(4)  ・・・(薬の名前)を飲んで直した。(本当は飲んでいません)

皆さんは、ここまで読まれてどうお感じでしょうか?

私は次の稽古の時、全員を集めてミーティングをしました。

B君が「C君が咳払いしたのでイライラした」と言って来たので、B君に作文の問題を出した。B君の答えを皆に採点してもらうけど、その前に【C君が咳払いをした。だから】という作文の問題で【イライラした】という答えは合っているかな?』

私の質問に全員が黙ったままになってしまいました。

そこで私が『B君は自分で言って来たことだから正解だと思っているよね。じゃ、B君を入れて10人で採点したらどうなるだろう?』と言って、B君の他に9名を選抜し、10名を採点者にしました。

『さあ、どうだ?正解だと思う者は手を上げて』・・・また、全員が黙ったままになってしまいましたので私はヒントを出しました。

『内容を別にすれば【C君が咳払いをした。だから、イライラした】という文章は、なぜ咳払いするとイライラするのかという点を補足すれば合っているよね』と言うと、中の1人が『文章が合っているなら正解だと思う』と言い、また別の人が『僕もイライラすることがあるから正解だと思う』と言いましたが、後の人は黙ったまま考え続けていました。

そこで私の説明です。『これは世界という問題なんだよ。自分一人だけの世界なら【自己世界】だけど、ここは教室だから沢山の人が存在する教室という【環境世界】なんだ。B君一人の自己世界ならB君しか存在しないから正解に見えるけど、そもそもB君一人の世界にC君は存在しないから有り得ない話になってしまう。この文章は「教室という環境世界の中のB君の自己世界」の文章になっているのでみんなに理解出来ないんだ。回答者がB君で採点者もB君なら100点かも知れないが、ここは教室なのでB君の自己世界だけではない。従って採点は×。また、この教室の「環境世界」では正解とした人が3人で不正解とした人が7人だから正解率は30%で点数は30点となる。・・・30点だと落第だね』と全員に説明し、B君には再度答案を書く事を命じました。

そして翌週にB君が書いてきた答案は次の通りです。

(1)  C君が咳払いをした。『だから』「周りの空気が悪くなり自分も頭にきた」

(2)  自分がイライラした。『だから』「物を壊して皆に迷惑を掛ける前に先生に訴えた」

(3)  C君が咳払いをした。『だけど』「先生に座らされて大事に至らなかった」

(4)  自分がイライラした。『だけど』「先生に説明してもらい物を壊して皆に迷惑を掛けずにすんだ」

この回答を見ると『環境世界』に自分がいることを少し理解してきたように見えます。しかし大きな問題は、この回答の中の『みんな』には依然として『自分が含まれていない』ことです。相変わらず周囲と自分は遊離していて「環境世界」は「自己世界」の対象であり、自分もその一員であるにも拘わらず、「環境世界」は『自己を正当化するためのもの』でしかありません。

『自己の確立』と『環境世界の成立』は無縁ではなく、ルールだけで理解させることは非常に困難です。『環境世界での自己の役割・役目』を体感的に理解するには長時間の実践も必要です。実践し評価されることを重ねること(試行数)で『良い自分と悪い自分の統合(折り合いを付けること)』が可能になり、『自己の役割や役目』に確信を得るようになることは言うまでもありません。

                  指導総括      石

 稽古日誌(2月21日)

         『番外編 その1』

劇団さくらの団員A君は、今日の稽古に稽古用のジャズシューズを忘れて来ました。稽古道具の搬入時にA君を見るとやたらと大きな皮のブーツを履いていました。それを見た私が『ジャズブーツを忘れたんじゃあ仕方ない。稽古は素足でやるんだね』と言うと、ちょっと不服そうな顔をしましたが、それでも素直に頷きました。

(劇団さくらでは、『今、自分は何処に立っているのか?』『今、この場に立っている自分は何者か?』というような自分の存在を実感するために、稽古場では床の感触が伝わりやすいジャズシューズを全員が履くことになっています)

稽古が始まるとしばらくは、愚図ったような動きで声量も弱く、稽古にならないような状態が続きました。そして休憩・・・。

休憩が終わり、稽古を再会しましたが何と! A君が大きな皮のブーツを履いていたのです!

大き過ぎるブーツの靴音をガタガタ鳴らして位置に付くA君に向って私は怒鳴りました。『ここは稽古場だぞ!今は稽古中だ!さっさと靴を脱げ!』・・A君は渋々とゆっくり大き過ぎる皮のブーツを脱ぎ出しました。それを見た私はA君に走り寄り、大きな皮のブーツを彼の足から剥ぎ取ると、彼の私物入れのカゴに向って大きく投げつけました。そして『こんな靴で稽古になるか!今は稽古中だ!』・・・本当はここで『A君は今、役者だ!役者だったら役者らしい靴を履け!』とも言うべきだったのですが・・・忘れました・・。

しかし再度裸足になったA君は、まるで人が変わったように溌剌と演技を始めました。台詞を言う声量も大きくしっかりしてきました。

A君は親に買って頂いた(と思いますが)靴を自慢したかったのでしょうね。ただ場所が悪かった!

劇団さくらでは『稽古場に通って来る途中は「俳優」であり、稽古場に入ったら「劇団員」、芝居に入ったら「役」にならなければいけない』というルールがあります。彼等の仕事でも同じで個人の『自己世界』だけでは仕事にならないからですが、劇団さくらの団員達は全員がこのことを理解しています。しかし時々、『我をも忘れる喜び』や悲しみがあるとこのことを忘れます。人間だから当然なのです。

大きくなり過ぎた『自己世界』で個人の評価が対象の『環境世界』に順応させることは大変難しいことです。しかし、A君は自慢の『大き過ぎる皮のブーツ』を投げ捨てられ裸足になることで、今『自分が何処に立っているか』を思い出したのです。

終了後、稽古場の外で『立派な大きな皮のブーツ』を履いてニコニコしながら挨拶に来たA君に、私は『大切な靴を投げて悪かったね。ごめんね』と言うことを・・・忘れませんでした。

稽古日誌(2月21日)

           『あど(阿答)名人』

今日も稽古は午後1時開始でした。今日の目標は『目』です。

最近は最初の歩行訓練で各班長とも四苦八苦することが多くなりました。原因は特性を持った歩行の精度が上がったために、班長が自分の班の団員を見る目に厳しさが加わっているためです。文章で見ると正しい訓練のように感じますが、実際には外目に「お節介」にも見えてしまいます。

突然ですが、ここまで書いて私は幾つ『目』関することを書いたでしょうか?

そうです!本当の原因は『目』にあったのです。

そこで私は、演技指導の夏川を先頭にリーダーと各班長、そして指導助手2名を縦列に並べて基本の「歩行訓練」を開始しました。他の団員は『見学』です。

テンポ音を鳴らして歩行を開始すると直ぐに停止させ、私の叱責の声が飛びます。『何故、揃って歩き出せない!?』再び歩き出すと直ぐに停止させ『何故、間隔が揃わない!?』再度開始するとまた停止させ『何故、歩幅が揃わない!?』と、矢継ぎ早に欠点を指摘しました。そして全員を集めてダメ出しです。

『何故、駄目なのかを考えろ!』『目的は何だ!?』『何を目標にした歩行なんだ!?』『誰が見本なんだ!?』『何処を見て歩いたか!?』『見学者は何を見た!?』次々に質問して全員に考えさせました。

そして結論です。『どのような並び順であってもリーダーや班長、指導助手たち一人ひとりが見本の夏川を見ること!』『リーダーや班長、指導助手たちは夏川を見本にして他の団員の見本になれ!』と、目的・目標を再確認させました。

次は班長に対する応用力の強化です。『団員が見本を見る目は毎回違う。今日の並び順は正しかったのか?班長の目で見て正しくなければ直しなさい』と考えて工夫することを実践させました。

駄目とは「値打ちのない目」とも読めます。視覚による情報収集は早いけれど情報量の少ないのが欠点です。『目利き』というように、しっかり情報を得る目を持つ訓練が必要です。

ダメ出しの後、全員に考えた歩行が見られるようになったので、次にボールを使った『やりとり』に移りました。

常に基本稽古として行っている『ボールのやりとり』とは1対1で行うキャッチボールと同じですが、野球と異なるのはボールを下から投げることと、テンポ音を鳴らしてテンポに合わせて行うことです。

音楽の4/4で説明しますと、指導者は1拍目の音に同期して相手にボールを取らせ、3拍目の音で返ってくるボールを受け取ることになります。健常者にとってもちょっと難しいのですが、台詞とは『相手に受け取らせる』ものなので、台詞術としてはどうしても出来なければならない技術の一つです。

より具体的に説明しますと、指導者は相手にボールを投げる前に「相手の存在を確認したり、相手の状態を見たり、受け取らせる所を決めたり」します。つまり行動の企画で、最初の1拍目の前の3拍目に相手をしっかり『見る』ことでこの企画は起こります。

さて団員側ですが、受け取ったボールを正確に3拍目の頭に指導者の手に投げ返すには3拍目の前に企画を起こす必要があります。それが1拍目なのですが、

具体的には『受け取った瞬間に指導者をしっかり見る』という行動になります。

そして『見たままで』テンポに乗って投げ返せば正確にボールを指導者に返すことが出来ます。(目が動くと自分の考えが優先してしまいますので注意!)

これがしっかり出来ると団員側に『ボールを返す意識』が薄らぎますが、演劇の返答とはこの状態と同じで『思わず返した』という状態になります。

演劇の場合、返答は台本に書かれているので『思わず返した状態』の台詞を言うことは大変難しく、兎角「作った台詞」や「考えた台詞」になり易いのです。

演劇の古い言葉に『あど名人』という言葉があります。「あど」とは「受け答え」や「相槌」を意味する言葉で、相槌を打つことを『阿答打』と書かれています。

「あど」は『相手の芸を受ける役』のことも意味し、『あど名人』とは『受け芝居』の達人で『自然な受け答え』が高く評価されます。

一般人でも彼等でも同じですが、相手の言葉に対して自分勝手な返答を返してしまうことが時々ありますが、「素直」という言葉通りに彼等も『あど名人』になって欲しいと願っています。
                  指導総括    石

稽古日誌(2月14日)

         『役目・・・役の目で見る』

今日も稽古は午後1時開始でした。稽古場は先週と同じ場所でしたが、団員達は実に淡々と通常通りに稽古が開始されました。

点呼の後、何時もの通りに歩行訓練(押す・立てる・引くの特性を持った歩行)でしたが、今日の歩行は何となく目も虚ろで、歩行の特性もはっきりしていませんでした。

そこで急遽『水怒り』の「抜き稽古」を行いました。各シーンの『押す・立てる・引く』の特性の確認ですが、やはり「立ち位置」や「動線」がばらばらになってしまいました。

舞台上で演じる『役の特性』を表す『押す・立てる・引く』という行為・行動は、演じる役の性格である『意志力・自制心の強弱・協調性』を具体的に示すものですが、この特性が演技に現れないと『魂のない人間』のようになってしまいます。そしてこの特性の行為・行動は、最初に目に現れ、行動が企画され、そして身体が実行します。毎回登場する「役者論語」にも『ふり(この場合は演技)は目にて使うと申して、ふり(演技)は人間の躰のごとし、目は魂のごとし。魂なきとき(躰)は何の用も立たず』と書かれています。

行為・行動は、常に先を見、『気に応じて』企画され、性格を持って実行されることが演劇ではどうしても必要です。そしてこの『魂の入った人間』の行為・行動が舞台全体を包むテンションになります。従って舞台上の「立ち位置」や「動線」は必然的に起こることで、演出で勝手に作られるものではありません。(演出上「ここに立たせたい」とか「ここを動かしたい」という希望があったとしても、その前提条件を満たさなければ出来ない相談になってしまいます)

こうして各シーンの確認をしながら一つひとつダメ出しをすることでリーダーや班長は最初の基礎訓練がいかに大切かを覚えて行きますが、同時に最初からリーダーとして、班長として団員の状態を見られる目も養うことになります。

劇団さくらではリーダーや班長の『役目』も重要視しています。

                  指導総括     石

稽古日誌(2月7日)

 『すべて藝者(役者)は相手の気に応ずるを第一とす・・その2』

今日の稽古は午後1時開始でしたが、初めてお借りする稽古場で場所が不案内であることから全員での移動となりました。

会場は彼等が稽古を行うには申し分のない所で、ご紹介下さった方々や会場の関係者の皆様には大変感謝しております。

さて稽古です。団員達にとっては初めての場所での稽古になりましたが、全員が粛々と準備をし、リーダーを中心に何一つ変更することなく稽古に入れたのには指導する私も『しっかり出来るようになったな〜』と改めて感心しました。

恒例の「性格を持った歩行訓練」の後、今日は新たな訓練としてカラーボールを使った2の段(九九の)の復唱を行いましたが、これは九九を計算の基礎ではなく『計算の用語』として暗記させようとするもので、台詞と同じ意味を持たせようとしています。

方法は『名前呼び』に対する『返事』と一緒です。つまり相手の名前を呼ぶ時と同じで、指導側が「相手にボールを持たせるように」『2×3が(にさんが?)』と言い、それを受けた側が「返す相手にボールを持たせるように」『6(ろく!)と答えます。

勿論初回なので完璧と言う訳には行きませんでしたが、この方法で九九を覚えた場合は渡す側が『元気』という『気』で『にさんが?』と言えば、答える側は『ろく!』と同じ(その時の気に応じですから一様にはなりませんが)元気という『気』で『ろく!』と応えてくれるようになるでしょう。

多くの知的障害者と同様に、劇団さくらの団員達も半数以上が九九は苦手です。そして、掛け算や割り算は足し算や引き算以上に苦手です。しかし台詞や言葉と同じで基礎になる『語彙』が広がれば『思考の広がり』は期待できる筈です。

これも『相手の気に応ずる』の『応用』で、確かな手応えを感じました。

この後、『抗重力筋』強化のためのストレッチに入り、その後は作品『水怒り』の部分的な「立ち稽古」に入りました。

劇団さくらの「立ち稽古」の大きな特徴は登場人物間の『テンション(張力)』と登場人物の性格を表す『押す・引く・立てる』の演技の実習です。

通常、舞台は客席と登場人物との間に張力が必要です。そして複数の登場人物や俳優の視線の先など(客席を含め)で基本的な三角形のテンションが生まれます。(下手な俳優が役から素に戻って突っ立てるようではテンションは生まれませんが)そして『相手の気に応じて』役の性格を表す『押す・引く・立てる』の演技を確実に行えば不思議と舞台はしっくりと見えます。

私自身何度も演出を行って不思議に思う事は、舞台上のテンションを確実に作って行けば自然と登場人物が立体的に配置され、台本上必要な役が自然と前面に押し出されてくることです。必要なことは『台本の裏側を読む』という、解ったような解らないようなことが重要になってくるということです。

同様に脚本でもある程度登場人物の性格がはっきりしてくると、目的に応じて自然と台詞が生まれますが、これは登場人物同士が『相手の気に応じて』会話を行うからで、これも不思議な現象です。

このように劇団さくらの演劇は『写実』ですが、長い間様々な訓練を消化している団員達は俳優として見事にその存在感を示しています。

一昨年、某映画会社製作の教育ビデオのドラマ部分に「知的障害者役」で出演した団員は見事なまでに自然な演技を行っています。映像監督の演出にも忠実に応え、器用に自然な演技が出来るのは劇団さくらの団員のレベルの高さを示しています。(知的障害者をよくご存知の方なら細かい部分で訓練された演技であることは分かると思います。ご興味の有る方やこの映像をご覧になりたい方は著作権の問題もありますので団長までお問い合わせ下さい)

現在、日本ではテレビや舞台など、多くのドラマで相手構わず怒鳴り合ったり、病気かな?と思うほど意味なく相手を無視した演技など、まるで狂気の沙汰としか思えない演技が繰り広げられています。演劇は『人格を演じる』ことでもあります。特に若いプロの俳優さんたちにはもっともっと勉強して欲しいと願っていますが、これから役者を目指している方も一度劇団さくらの稽古に参加して一緒に汗を流しませんか?きっと何かを感じると思いますよ。   
              指導総括     石

稽古日誌(1月31日)

      『すべて藝者(役者)は相手の気に応ずるを第一とす』

今日は午前10時の最初から何となく重い感じでした。何か悪い波長でも流れているのでしょうか?

このような場合は無理をしないで基本の最初から組み立てて行きます。

最初はボールパス。次々に早いスピードでカラーボールを団員達に受け取らせます。最近はやらなくなりましたが、より団員達の意識レベルが低い時には稽古場いっぱいにボールを転がしてボールを追わせる稽古もします。

何回も登場する「役者論語」に『すべて藝者(役者)は相手の気に応ずるを第一とす』という重要な文章が載っていますが、このような稽古をする理由は指導するこちら側の『心意気』という『気』を受け取らせる意味も持っているのです。

このような稽古で劇団さくらの団員達の意識レベルは短時間で引き上がりますが、運動として「何となく重い感じ」や「何となく落ちている」というように見えることの原因を即座に突き止め、対処しなくては稽古になりません。

私は今日のこの原因を『抗重力筋』の低下と考え、30分以上のストレッチを次に課しました。

勿論このような基本訓練を長期間繰り返し稽古してきた劇団さくらの団員達は通常の稽古が行えるようになりますが、多くの場合知的障害や人格障害など発達上の問題を持った人達は『相手の気に応ずる』ということが不得手で、どうしても「自己中心」的になってしまいます。劇団さくらの初期の頃を思えばコミュニケーションに問題が多い知的障害者でも「障害だから・・」と簡単に諦めることなく『演劇はコミュニケーションの産物である』ということから、一つひとつコミュニケーションに必要な要素の訓練が、最終的に『相手の気に応じる』という最高のコミュニケーション技術の習得に結びつくのではないかと期待しています。

最近になって、また劇団の稽古を見学して下さる方が増えてきました。本当に有難いことだと感謝しております。

今日見学下さった方は、某有名劇団の関係者と芸大大学院の学生さんの2名で、どちらも見学だけでなく基本稽古にも参加して下さいましたが、一緒に稽古に参加して頂くことは彼等の全てを直に感じて頂くことで、どんな説明より彼等を理解して頂くことになっていると思っております。

また、今日の見学の方からのご質問にお答えしているとき、ふと気付いたことですが、現在ある彼等の能力は『本人と親や周囲の方々の努力の結果』なのです。最初から現在の能力ではなかったのです。

これも一種の宿命なのかも知れませんが、知的障害者の能力は固定されたものではありません。健常者と言われる一般の方と同じでレベルの違いこそあれ、努力次第でどこまで成長するかは未知数なのです。もちろん!そのためには私達指導スタッフの猛勉強が絶対に必要になります。

自然な演技(写実)を目指した演技術の習得にも基礎からの訓練が続いていますが、この基礎訓練はプロの演技者にとっても重要な訓練です。

現在プロの演技者として活動されている方や演技者を目指している方も含め、たくさんの方々に劇団さくらの稽古を見学して頂き、参加して頂きたいと願っております。

                       指導総括     石

2011

稽古日誌(7月11日)

         『“くくり”の算数』

昨日に続き、今日は午後からの稽古でした。昨日は『父兄参観日』だったせいか出席者全員が最初から『いい顔』をしていました。

稽古道具の搬入の後、通常通りリーダー弥惣兵衛の『九九の暗誦』が行われていました。現在は4の段までですが、弥惣兵衛が行うテストもかなり良好になっていました。

そこで、最初の『歩行訓練』の終了後、私から全員に課題を出しました。

算数の問題です。

松吉チームと弥惣兵衛チームが野球の試合をしました。

 得点は次の通りです。(ホワイトボードにスコアを書きました)

       先攻・弥惣兵衛チーム      後攻・松吉チーム

    1回      2点            0点

    2回      0点            3点

    3回      4点            2点

    4回      3点            4点

    5回      2点            3点

    6回      4点            2点

    7回      3点            4点

    8回      3点            0点

    9回      2点            4点

    合計      ?点            ?点

 【問題1】

  どちらのチームが勝ったでしょうか?     答え・・弥惣兵衛チーム

 【問題−2】

  弥惣兵衛チームの合計得点は?        答え・・23

  松吉チームの合計得点は?          答え・・22

 【問題3】

  何対何で、どちらのチームが勝ちましたか?  答え・・2322で弥惣兵 チームの勝。

 【問題4】

弥惣兵衛チームと松吉チームの得点を計算式で書きなさい。

『解説』

問題1は『直感力』のテストです。最初は全体を見ることが大切です。

団員達の判断は半々に分かれましたが、松吉チームとした団員達は4点が多かったため(弥惣兵衛チーム2回、松吉チーム3回)と思われます。

 問題2で指名された団員はホワイトボードに得点を書き、足し算をして答えを出していました。

     (弥惣兵衛チーム 2+0+4+3+2+4+3+3+2=23点)

     (松吉チーム)  0+3+2+4+3+2+4+0+4=22点)

     この足し算でも問題3の答えを出すことは出来ます。しかし、この単一的な足し算の欠点は『論理的な思考』に欠けることです。彼等の欠点でもある『考えた行動』を行うことなく、『自動的な行動』として計算に入ってしまうことが実証されてしまいました。

 問題4は、彼等に『論理的な組み立て』を指導することで、彼等も『考えた行動を行えるようにする』ことを目的として指導を行います。

 先攻・弥惣兵衛チームの計算式。

     (2点×3回)+(3点×3回)+(4点×2回)

    =  6点   +  9点   +   8点

    =  23

 後攻・松吉チームの計算式。

     (2点×2回)+(3点×2回)+(4点×3回)

    =  4点   +   6点  +   12=  22

 問題3の答え。

       弥惣兵衛チーム23点 > 松吉チーム22点  

       答え。 2322で弥惣兵衛チームの勝ち。

このように紙面に書き出すと一見難しようにみえますが、実際にホワイトボードを使って説明してみると、彼等にはこの方が理解しやすいように感じます。

論理的ということは、説明が中心になります。今後もこのような『応用問題』で『思考的な行動』を彼等が出来るように指導を続けて行きたいと考えています。

                  指導総括     石

稽古日誌

稽古日誌(5月9日)

     『勉強が定着することと、しっかりすること』

ゴールデンウイークも終わり、久しぶりの稽古でしかも今日は午後からの稽古でした。それに大震災から二ヶ月も過ぎたとは言うものの、まだまだ震災の影響も残っているようですから今日の稽古はどうなるだろうと始める前はちょっと心配したのですが、驚いたことに劇団員たちは道具の搬入時から全員が実にしっかりしていました。きちんと挨拶をし、搬入の受け答えもはっきりと言えるようになっていました。(前回まで搬入の受け答えもノートを見ながらでなければ言えなかった団員が今日はノートも持たずに私の顔をしっかり見て用件を言えるようになっていたので驚きです)

今日は何時もの稽古場より少し狭い稽古場だったので、リーダーや班長、指導スタッフのための特訓を行いました。

何も演劇の指導に限ったことではありませんが、指導を受ける側が良い結果を出すかどうかは指導者側にあると言っても過言ではありません。教える側が『教える』という気持ちが強過ぎた場合はまず失敗します。しかも困ったことにこの場合、指導側が『出来ないのは指導を受ける側に原因がある』と思ってしまい勝ちなのでやたらとムキになってしまいます。これでは混乱は免れません。

良く見てみると、リーダーや班長が指導した時の方が上手く行く場合がありますが、これは同じ団員同士の方が相手を尊重しているためで、リーダーや班長は『指導を受ける側が受け易い指導』をしているように見えます。劇団さくらの団員達はいつの間にか実にしっかりした団員に成長しました。これは若い指導スタッフが真剣に学ばなければならないことなのですが、実は『頭で理解していても実際には出来ない』とても難しい指導法でもあるのです。

今日は『考える訓練』のために算数をやりました。稽古が始まる前にリーダーが指導役になって九九の暗唱・復誦を行っていますので、今日は2の段と3の段を使った掛け算に一桁の足し算と引き算を加えた計算を勉強しました。掛け算は九九の暗唱で答えを出し、それに足し算は『数だけ前進する』とし、引き算は『数だけ後退する』方法で答えを出しました。結果は一応良好でしたが、算数の答えの出し方はいろいろあると思いますので、今後はいろいろな答えの出し方を学ばせたいと考えています。(彼等の多くが算数を苦手にしていますが、これは答えの出し方を理解していないためで、今後はいろいろな方法で答えを出して団員たち夫々が理解し易い方法を見つけてやりたいと考えています)

今日のトピックスは『万之助役』の団員が大抜擢で『名主役』になったことです。

劇団さくらには『出世』があります。団員達は努力して上手くなればどんどん難しい『役』に挑戦できます。

劇団員達を『行き止まりのない道に進ませる』ことも劇団さくらの大きな役目だと考えています。今後も皆様の見学をお待ちしています。

                   指導総括      石

稽古日誌(正月17日)

           『九九が始まった!』

明けましてお目出度うございます。

知的障害者劇団さくらは、一般社会人の方々に障害を意識することなく作品を楽しんで頂くために、高度な演技術と人格形成の獲得を目標に、団員たちと共に今年も頑張ります。本年も宜しくお願い申し上げます。

・ということで今年もいよいよ稽古が始まりました。

例年ですと正月休み明けということもあって、何となく意識の低下が目立つ「稽古始め」のはずなのですが、今年は何故かしっかりした「稽古始め」になりました。

何時もの通りリーダーから欠席者と遅刻者、そして遅刻理由の報告を受けた後、挨拶と性格の歩行に移りました。・・・結果は・・凄いです!知的障害者という認識を覆す歩行が展開されていました。長い冬休みがあったことを感じさせません。家庭でどのように過ごしたかは分かりませんが、改めて団員たちの能力が高くなったことを実感しました。

冬休みの宿題に次のような問題を出しました。

(1)稽古は大切です。(   )遅刻しません。

(2)お正月です。(   )食べ過ぎないように注意します。

(3)信号の赤は止まれです。(   )人も車も止まります。

かっこの中に(だから)又は(だけど)を入れる問題ですが、(1)(3)は(だから)が正解で(だけど)は考えられません。しかし(2)の問題は「お正月」をどのように捉えるかで(だから)も(だけど)も可能です。要は家庭の環境や彼等の好みによって異なる筈です。宿題は親と一緒に考えてもらうことになっていますので家庭での教育になりますが、それには「理由付け」が必要です。

今日も『だから』と『だけど』の稽古が続きました。

そして、新たに『九九』の稽古が加わりました。

ボール2つ入ったカゴ1つは・・ボール2個。だから・・2×1は2。

ボール2つ入ったカゴ2つは・・ボール4個。だから・・2×2は4。

ボール2つ入ったカゴ3つは・・ボール6個。だから・・2×3は6。

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ボール2つ入ったカゴ9つは・・ボール18個だから・・2×9は18

ボール2つ入ったカゴ10 ・・ボール20個だから・・2×1020

このように実際に行動しながら九九を覚えることは、単なる計算だけでなく『くくり』という考え方を覚えることにもなります。

実際にカゴに入ったボールを1つずつ数えながらの勉強ですが、全員が『くくり』を理解できるようになるまで、また長い時間を彼等と共に努力することになります。

                    指導総括    石

 稽古日誌(9月12日)

         『子を守る親の力 その2』

今日も真夏のような暑さです。・・でも、厳しくも熱心な稽古ができました。

今日は2組の見学者が来られました。最初の一組は親子連れで障害者の男性とそのご両親です。実はお母さんが昨日の『父兄参観日』にも来られて見学され、早速お子さんにも見学させたいと、お父さんもご一緒に来られたということでした。

さてご本人ですが、何時もの通り溌剌と稽古を始めている団員達と比べると明らかに覇気がなく、暗い表情をしていました。聞くと今まで働いていた仕事も中断し、最近は家に引きこもりがちになっているそうです。

私はこのような人を見ると心底『可哀想に・・』と思ってしまいます。いや!今の仕事も出来ずに引きこもっていることに対してではなく、このような人達が周囲から『生気や生きる目的や目標』など、生きるために絶対必要なものを与えてもらえないことに対してです。万一、このまま調子が悪くなったとして病院に行った場合、彼に何を与えてくれるのでしょうか? それとも明らかにこの人は発達障害者ですから、もう一度学校に行ったら『生きる価値や生きるための勉強』を教えてもらえるのでしょうか?

彼等が発達障害者として健全であれば『楽しむ所』も『仕事をする所』も確かに揃っています。しかし一度調子が悪くなった時、彼等とともに生きる価値を考え、同じ背丈でそのための勉強をしてくれる所が何処にあるのでしょうか? 現代は彼等のような人達を『守る』とはどういうことなのかを真剣に考えなくてはならない状況にあると思いますが如何でしょうか?

この方は見学だけのつもりで来られたようでしたが、途中でご両親が帰られても最後まで欠席の団員の『代役』で稽古に参加していました。

もう一人の見学者は、既に何回か見学に来られている美大の学生さんです。

この学生さんは美大で映像を勉強しているそうで、知的障害者を登場させた短編の製作を計画していて何時も熱心にメモを取りながら見学しています。近く撮影を行う予定でどのようなシナリオが出来上がってくるのか楽しみです。

稽古終了後、場所を変えてこの学生さんと長時間知的障害者の演劇性について話し合いましたが、結構楽しい話しになりました。

知的障害者が中心人物として登場する海外の作品に『八日目』という作品があります。

ご存知の方も多いと思いますが、知的障害者の特徴を生かした素晴らしい作品です。

さて、肝心の彼等の演劇性ですが、私自身は彼等が健常者の役者になるために勉強をさせているつもりはありません。しかし現在稽古を行っている『水怒り』に知的障害者は一人も登場しません。一見矛盾しているようですが、これは彼等に健常者の気持ちを理解して欲しいとの考えから起っています。たとえ彼等が一生勉強したとしても彼等独特の特徴がなくなることはないでしょう。しかし、彼等が健常者の気持ちを勉強して懸命に演じた場合、立派に健常者の登場人物に見えてきます。理由はそれが演劇だからですが、何やら分からない話しになってしまいましたので、この辺で止めます。しかし、普段の彼等の特徴は何と言っても『少ないボキャブラリーの中から真理に近い言葉を探し出して発する名人』だということです。

大分以前の話しですが、知的障害者に演劇を教えていた時の話しです。

主役に抜擢した女の子が何時もめそめそ泣いているので稽古にならず困っていました。

ある時、とうとう堪忍袋の緒が切れて『稽古にならないじゃないか!どうして何時もめそめそ泣いてるんだ!』と怒鳴ってしまいました。すると、その女の子はくしゃくしゃになった顔を上げて『気分転換さ』・・平然と答えました。

!!私はしばらく絶句してしまいました。確かにその通り!『何て凄い言葉を知ってるんだ!この子は!』と感動してしまいました。その後、この子は稽古で二度と泣くことはありませんでした。

昨日のことです。ある団員が私の所に来て唐突に『ボク、28才!』と言いました。

突然だったので私は『あっ、そう・・』と言ったきり、その後の言葉が見つかりませんでした。その時、私の頭を過ったことは『そうか・・28才か・・自分は28才の時に独立したなあ・・それから自分は何が出来たんだろう?・・』という思いでした。

私達はこの学生さんのように、知的障害者に感心を持ち、実験であっても積極的に彼等の可能性にチャレンジして下さる方がたくさん出現して欲しいと熱望しています。

そして、何時の日か『八日目』のような楽しい作品が日本でも出来るようになって欲しいと思っています。何故なら、そのような作品に出演できる役者になるために劇団さくらの団員たちは今日も懸命に勉強しているのですから・・。

                 指導総括   石

稽古日誌(7月10日)

       『親と子のコミュニケーション』

今日は久しぶりの『父兄参観日』です。しかし、参観とは少し違って『父兄参加日』となっていますので、父兄も稽古着が必要なほど熱心な稽古となっています。

最初は通常通り、準備の予備時間を使ってリーダー弥惣兵衛が指導している『九九の暗誦』を見学しました。どの団員の家庭でも『九九の暗誦』は稽古しているようなので、

弥惣兵衛が行う個別テストを心配そうに見学していました。

稽古開始の挨拶の後は最も基本的な『舞台の歩行』でしたが、父兄は夫々我が子の後ろに並んで歩きます。

【解説】
「人間は3つの世界を持っている。上の『空の世界の運動は飛翔』下の『地中・地下の世界の運動は爬行』『地上の世界の運動はあゆみ』であり、人間の身体で表せば、空の世界は頭部で『回転の運動は後ろから前へ』、地中・地下の世界は足部で『回転の運動は上から下へ』、地上の世界は胴部で『回転の運動は下から上へ』となっている。そしてその『回転の運動』を潤滑に行うには『首・背中・足を伸ばす』ことです。

そして、地上に生活する人間が『前進するあゆみの運動』を快活に行うには人間の性格を形作る『意志力(運動は押す、舞台の方向は上手から下手へ)』『自制心(運動は立てる、舞台の方向は奥から前へ、または前から奥へ)』『協調性(運動は引く、舞台の方向は下手から上手へ)』を身体で行う必要がある。」

このように言葉にすると大変難しい解説ですが、ホワイトボードに簡単な図を書いて説明を受けながら全員で歩行の稽古を行ってみると、親も子もたちまち姿勢の良いしっかりした歩行になりました。

次は『注視』です。

彼等の場合、健常者に比べ相当長い年月を親は我が子に対して『安心の供給』を続けなければなりません。しかし、現実には就学があり就職もあります。うっかりすると子は親に対して『愛着』の不安を持ってしまうかも知れません。また、多くの家庭で親と子のコミュニケーションに課題が残っているようですが、これは一般の家庭でも変わりありません。そんなことで親子のコミュニケーションの基本、『注視』の稽古です。

(1)親が稽古場の端から稽古場に向ってカラーボールを投げます。(必ず下から投げ

   ます。上から投げてはいけません)そして、そのボールを子が追って取りに走り、

   親に返します。

(2)子がボールを持った親の目線の先を見つけて走り、親が投げるボールを受け取る。

【解説】

(1)  の訓練で重要なことは、親がボールを投げる前に『子の目をしっかり見

   る』ことが大切です。(役者論語では「目の中を見る」または「まなこ」と言っています)

(2)の訓練で重要なことは、子が親を見ていることを親は意識して、目線の先 をしっかり見ることが大切です。

1も2も『行動の前の注視』が重要で、劇団さくらでは行動1. の前の0(ゼロ)であることから『0を取る』と表現しています。

実際に、親が『子に対する注視』をしっかり出来るようになると、子の行動が非常に早く、的確に行動するようになります。

また、この訓練で子も親をしっかり見るようになることも『注視』の効果です。

最後の訓練は『信頼』です。

厚紙で作った「短冊」をたくさん用意して、それに台詞を一節ずつ書きます。

(1)最初に親が一節ずつ短冊を子に取らせながら台詞を言わせます。(短い

   台詞でも3枚は必要ですから、長い台詞は6〜7枚必要になりますね)

(2)次に「親がかざした短冊を見て」子が台詞を言います。(親が短冊をかざすタイミングが悪ければ台詞はちぐはぐになりますね)

(2)  次に、親と子の距離を空けて(2)と同じことを行います。(徐々に距離を空けて、最後は舞台と客席の距離になります)

【解説】
この台詞稽古で重要なのは『親子の信頼関係』です。子が親から「自立」するには親の『適切な突き放し』が必要ですが、時として親は子の行動を見て批判してしまいます。

ここでは『子のために親がどれだけタイミング良く短冊をかざせるか?』が台詞の善し悪しを決定します。つまり、親が『子に期待する』という意識が重要で『遠く離れた所から子を想う』気持ちこそ、彼等を成長させる大きな力になっていることが分かります。

知的な問題を抱えている彼等ですが、今日は親も子もまた一歩前進した『父兄参観日』になりました。次回『父兄参観日』は9月11日です。

                 指導総括     石

稽古日誌(1月24日)

           『勉強すること』

今日は午後からの稽古でしたが、昨日(23日)は父母会の研修会があったためか遅刻者もいませんでした。

何時もの歩行訓練がしっかりしていたので、今日は『だから』『だけど』の訓練を直接ボールの受け取りで訓練してみました。

演劇の基本は『受け芝居』です。度々引用する「役者論語」には『すべて藝者は相手の気に応ずるを第一とす』と書かれていますが、役者は(役者だけではありませんね、人間すべてと言っても過言ではないでしょうね)相手の演技や台詞だけでなく環境や状況を受けて(情報を得て)演技を行います。同じく「役者論語」には『かねて台詞にたくみなし。相手のいふ詞を聞(き)、此方初めて返答心にうかむ(ぶ)』と書かれています。

従って訓練では、受ける側に『何色のボールを受けたか?』の認識が最初に重要になります。(勿論、訓練する側も相手を見て何色にするかが決まるのですが)

例えば受けたボールの色が赤色だとすると、受ける側はボールを受けた瞬間に赤!と発声します。そして心の中の発声として(つまり思考ですが)・・だけど今日は・・(心に返答が浮かんだ状態です)、ここでボールを相手に投げ返す行動が起こります。そして相手の手の上に・・・青です!と返答することになります。これを簡単に受ける側として示せば、ボールが来た!・・赤だ!・・・だけど今日は・・・青です。となり、行動が始めから用意された場合は、ボールか来た!・・赤!だけど今日は青です!となってしまい、返答の形にはなりません。(文章だと判りづらいと思いますので、興味の有る方は実際に行ってみて下さい)

一般的に彼等の場合、知識や行動が予め決められていることが圧倒的に多く、その場で返答をすることや、その場で工夫することは極端に弱いのが特徴です。

しかし彼等だけでなく、学芸会の劇や未熟な演劇では殆どが『予め用意された演技で、演技を行っている人以外は全て順番待ち』という『学芸会風』になっていますが、ここで大事なことは『常に情報を取得しながら休みなく思考する』ということが必要だということです。

台詞だけでなく、演技(この場合、所作ですが)においても「役者論語」では『身ぶりとて作りてするにあらず。身ぶりは心のあまりにして、喜び怒るときはおのずからその心、身にあらわるる・・・』と書かれています。

劇団さくらの作品『水怒り』では、特定の場面以外で所謂「身振り」を指定していませんが、彼等は彼等なりに自然な演技が行われています。しかし、より高度な演技を行えるようになるには、どうしても現在以上に『考える力』を訓練し、『工夫する力』を獲得する必要があります。

これからも劇団さくらの『勉強』は続きます。

                    指導総括    石 井 裕 介